★ 恋は なもの 
       〜狗ロイ×エドにゃん〜

『犬は人につくけど、猫は家につく』
ニンゲンはよくそんな風に言うけど。

んな事俺らには関係ない。

ただ、置いていかれれば寂しい、
捨てられれば、哀しい。

ただそれだけの、こと。

【SIDE:ROY】

雨が、しとしと降っている。

あの曲がり角から聞こえる鳴き声が耳につくくらい、静かに。


早く、誰かあの声を連れて行ってはくれないだろうか。
そうでないと、立ち去れない。いつまでも…ここから。





すこしばかり顔をのぞかせれば、ずぶ濡れのダンボールの中
やはりびしょぬれの仔猫がふるふると震えてるのが見えるはずだ。
陽が当たれば金色にふわふわと揺れる毛並みは
おそらく今はぐっしょりと濡れて。

『ろい、にーにゃ?』

金の大きな瞳で見上げてくる、恐れ知らずの仔猫。
いつも昼過ぎになると、垣根の下ごそごそと這って遊びに来てた。
『おまえ…わかってるのか? 俺はおまえと違うんだぞ?』
『にゃ?』
なに言われてるのかわからないって顔で、何の警戒心も無く
鎖の届く距離の中に入ってくる馬鹿。

『にーにゃ、あそぼ?』
『……だ、から…猫が犬に懐くな!』



光の中が似合う子供なのに、捨てられて雨の中。
うっかり散歩の途中で見つけてしまった俺は、
こうして夜、こっそりと抜け出す羽目になってしまった。

……連れて行かれたと、一緒に引っ越したのだとばかり思っていたのに。

傍に居る間は鬱陶しくて、いつだって知らん顔してた。

だっておまえ、そこそこ立派な番犬になった俺が
拾われる前はここいら仕切ってた俺が
まだ一人歩き始めたばかり見たいな、しかも猫と遊べるか!??

確かに、アイツの動ける範囲で出会う動物なんて俺くらいで。
だけど、だ!


一度、懲りるように軽く噛んでやろうと仕掛けたら
遊んでもらえるとばかりに飛びつかれて…その気が失せた。
以来、何があっても何度来てもシカトを決め込んで。

はっきり言って隣の家の前に引越しのトラックが着いた時は
俺は内心大喜びした。
これで、アイツもいなくなる。
毎日、尻尾に纏わりつかれたり背中に乗られたり…
そんな苦労ともおさらばだ、と。

だから、あいつをその家の子供がダンボールに入れて運ぶのを見ても
なんとも思わなかった。

なのに…。



誰か、早く…早く来てくれ…。


雨はさっきから全然止む気配も無い。

俺の祈りを神が聞き届けたのか、ゆっくりと足音が箱の前で止まった。
「…仔猫…。捨て猫か?」
低いオトナの男の声。少しばかり薄まる期待。
(こういうのには…女の方が弱いんだがな…)
俺はこっそりと身を乗り出して様子を伺った。
男がハンカチを取り出し、仔猫…エドワードを拭うのを見て
ほんの少し希望が湧き上る。
そのまま抱き上げて、暖かい家につれて帰ってはくれまいかと。

だけど。
「すまないな、あいにくと飼ってやれるような奴じゃないんだ」
そんなふうに呟き、寒さに震えるエドを濡れない角に置くと
ゆっくりと立ち去っていく。

どうして!?
このままじゃ、アイツは十中八九死んでしまう。
そのくらいチビなんだ(チビって言うと怒るけど、な)
おまえらニンゲンが捨てていったのに、誰も知らん顔。

…わかってる、そんなことは。
俺だって今の家に拾われる前は立派にノラとして生きてた。
だけど、今まで飼われてた世間知らずのアイツがノラになるのは…
はっきりいって、無理だ。
だってそうだろ?犬の俺に懐くヤツだぞ!?

俺の知る限り、エドがあの屋敷の外に出るのは
庭伝いに俺のところに来るくらいしかなかったはずで。

そんな奴、いきなり捨てて『生きてけ』ってのは…無理がありすぎる。



そんな事、考えてた時。

ひさしの下にいたエドが急にぴょんと、また雨の中に飛び出していった。



【SIDE:EDO】


つめたいお水がうんとふってる。

しってる。これは『あめ』。
おとなりのロイにーにゃがおしえてくれた。

だけど、さっきからそれはいっぱいすぎて、ものすごくさむい。

どうしてかな?
どうして、おむかえにきてくれないのかな?

『これ、大事に持っておくんだよ』

そういわれたから、おれは、どんな風がふいてもとばないように
ずっとずっと、まえ足でおさえて、かえってくるのまってるのに。
はやくきて『よくできたね』っていつもみたいにほめて?

「さむい…よぅ…」

いっかい声に出したら、それはとまらなくなって
にゃあにゃあ、と自分でもうるさい。

どうしてかな?おれ、なにかわるいことした?
このまえ、ミルクこぼしちゃったことかな。

あんまりさむくってかなしくってなみだがでた。


なみだはあめにまざって、こえは風にまざって…
そうして、なんだかよくわかんなくなったころ。

おっきなニンゲンが、おれをもちあげてゴシゴシこすった。
「いた、いぃ…」
ちょっと強くて、いたかったけど、しばらくしたら毛がほんわりして
すこうしあったかくなる。

そしたら、ニンゲンがおっきな手でおれをもちあげるから
おれはあわててあばれた。
だって、ここにいなきゃ。あえなくなる、あの子に。

『エド…いい子でここに居るんだよ』
そういわれたから、まってるのに。

だけど、おろされたのはすぐ近くのゆか。
さらさらで、さっきんとこより…あったかい。

ここでなら見えるし、まっててもいいかな。

そうおもったとき、びゅん、と風がふいて…

「あ!?」
おれのいたダンボールからひらんとかみがとんだ。
あれ…あれは!

『これ、大事に持っておくんだよ』

「だめ、まって!」
おれはおもわず、おいかけてとびだした。

…そのさきに。


「なにをやっっている、この馬鹿!」
同じくらいびしょぬれで立ってたのは

…おとなりのロイにーにゃだった。

「だって、だって…あのかみ…だいじだって…」
「紙!?…ああ、これか?」
ぬれてたから、そんなに遠くにいかなかったソレをつかんで
ロイにーにゃはいつもみたいに半分おこった声で言う。
「こんなもの、おまえを捨ててった罪悪感から書いてるだけだ」

え?

いま、なんていったの?

「すて…た?」

うそ。うそだ。
だってまっててね、って。いいこでいてねって。

「そうだ、おまえは捨てられたんだ」

わかってなかったのか? と、言いきられて
おれはぬれたからだがもっとさむくなるのをかんじた。

ふしぎ。

もう、これいじょうさむくなんてならないとおもってたのに…。





【SIDE:ROY】


「すて…た?」

アイツの凍ったような顔を見て、しまったと思ったけどもう遅い。
それに、変な期待で此処に留まることはイコール死を意味する。

だから俺は何気ない風を装ってきっぱりと言った。
「そうだ、おまえは捨てられたんだ」
目の前で真っ青になって固まる姿にむしょうに腹が立つ。

アイツが「大事にしろ」と言われた紙切れは
『この猫、拾ってください』と書いてあるだけで。
そんなもの、捨てていく人間の自己満足でしかあるまい。

いろいろな事情がある…と捨てる側は言うだろう。、
だが、捨てられたなら、生き抜くことだけが全てだ。

それを、こいつは後生大事に……。

「馬鹿か!おまえは!こんなもののために、また濡れたら今度こそ…」
怒鳴ろうとした目の前で、エドの金の瞳からぼろぼろと涙が零れた。
「ど…どしてぇ?」
まってたのに、まってるのに。そう繰り返して泣くばかり。

「…ったく…」
ああもう。
どうして、こんな面倒な子供に関わっているんだ、俺は!?
天を仰いでも降り注ぐのは雨ばかり。

ないてる、こどもは、にがてだ。

「あ〜、なんだ、エドワード」
俺はそりゃもう、取っておきなくらい優しい声でそう話し始めた。
「いいか?世の中には連れて行きたくってもいけないニンゲンもいるんだ」

「いきたくても?」
お、興味を示し始めたか?いい傾向だ。
まだ涙は大きく見開いた目の中に溜まってるが、一応は止まりそうだし。

「そう。…たとえば…今度の家がペット禁止だとか。
 猫の家がまだ出来てないとか…家族に猫アレルギーがでたとか、だ」
「あれるぎ?」
「ニンゲンというヤツはややこしくてな」
そうこうして思いつくままの理由をまくし立てれば、勢いに負けて
わかったんだか、わかってないんだかな表情で頷く。

「だっ…から、えど、おいて…った、の?」
んぐんぐと半泣きで、それでもなんとか自分の置かれた状況を
理解しようと真直ぐに問いかけてくる。
「まぁ、…理由ははっきりとはわからないが、そういう事だな」

「わかった」
「そうか…じゃ…」
「うん、ありがとう。エドここでまってるから」

ちょっとまてっ!!
いったいどこをどうひっくり返したらその結論になるんだ!?

「だって、その…『ゲンイン』? が、なくなったら…
 むかえにきてくれるかもしれないでしょ?」
その時、此処にいないと会えないからって。

そんな風にかすかな希望にしがみついてると、明日にはお陀仏だ。

そんなヤツは、結局生き抜ける力が無いという事で。
だから……そんな甘い夢にしがみついてる馬鹿なんか
放っておくべきだったんだ。

忠告はしたし、現状も理解してる。
そこから先はコイツの責任なんだから。

弱肉強食

それが俺たちが生き抜くための原則だ。

「そうか、じゃ、俺は帰るからな。
 抜け出してるところ見つかると面倒だ」
そう踵を返す。今だって充分危ない時間だ。
足早に角を曲がり……。


なのに。

「うん!ロイにーにゃ、ありがと!!」

そう背中に叫ばれた瞬間。
俺は雨の中、思わず引き返していた。


「エドッ!」
「え?」
「帰るぞ」
「かえる…って?」

俺は…俺は自分の行動がどうにも信じられなかった。
俺はいったい何をしている?
こんな鬱陶しいヤツつれて帰ってどうしようというんだ?
だいたい、あの家で猫なんて飼えるのか判りもしないのに。



だけど。
だけど、このままたとえば此処でコイツが冷たくなってたときに
俺はソレを見て『バカなヤツだ』と笑えるだろうか?

なんだか、それは、物凄くいやな気分の想像で。
だから、俺は……。

「とりあえず、もう今日はこないだろう。
 俺の家なら以前の家の横だから探しに来てもわかりやすい」

……って、なにを言っている、俺は…?!

「えどを、置いてくれるの?」
「エドが嫌でなければ、な…」



情が移ると言うのはこういうことなのか??




【SIDE:EDO】


ロイにーにゃ…が
おれをつれてかえってくれて、もうなんかいあさがきたんだろう。



あのあと、動こうとしたらおれの足、ぜんぜん動かなくて
こまってたら首のトコ、カプってかまれて…もちあげられた。
びっくりしてじっとしてたら、そのまませなかにおんぶされて。

あめですべらないよう、いっぱいしがみついてた。
そしたら、この家にかえったとき
ロイにーにゃのかたからたくさん血がでてた。おれのつめで。

ごめんなさいって、いっしょうけんめいなめたけど
とちゅうでつかれてねてたみたい。



よなか。

ばちばちと何かたたくようなすごい音で目がさめて。
おくれて『あめ』の音だとわかった。

『おまえ、捨てられたんだよ』
おもいだして、おなかのどっかが…つきんといたい。
「ど、してかな、ぁ…」
いたいのがひろがって涙になる。
なんで置いてかれちゃったんだろう…ツメ立てたから?
ミルク、あんまり好きじゃなかったから?

「…大丈夫だから、寝ろ…」
もぞもぞしてたら、半分ねむそな声がうしろからした。
「う…ん」
なにがだいじょぶなのかとか、わかんなかったけど
まわってきた大きなうでにつつまれたら
あったかくてほっとして…おれはまたねむりの中におちていった。





あのあと、すこし考えた。

あそこでちょっと意地になってた自分。
ほんとのこと、いってくれなかったら、たぶん今ごろはぼろぼろでお腹すかせて。
……ロイにーにゃはおれを助けてくれたんだ。



みつかるとまずいからってルールおしえてくれたのもロイにーにゃ。

ひとつ、あかるいうちはこの犬小屋からでないこと。
ひとつ、トイレは決まったそとのミゾにすること。
ひとつ、なるべく鳴かないこと。

それはちっともつらいことじゃなかった。

ご飯はにーにゃが分けてくれるし、
お家だってずいぶんとひろくてのんびりできる。
なにより、まいにちそばにロイにーにゃがいて、
夜はくっついてねむれるからあったかい。

さみしいのは、一日二回、にーにゃのさんぽのとき。

だけど、そのあいだ、小屋の奥でまるまってねてれば
かえってきたロイにーにゃがいろんな話してくれる。
すこしづつ外でも生きていけるように、と。

いぜんノラだったって言うロイにーにゃの話は
おれの知らないことがいっぱいで…。
きいてるうちに、おれはまたうとうととねむってしまうのだった。


ふしぎだな、とおもう。
さいしょのよる、大丈夫っていわれてから、
おれはホントにへいきになってった。

ぬけだせる時、ロイにーにゃにつれてもらって
何回かあの場所にいってみたけど、やっぱり誰もきてなくて。
でも、そんなあとは、にーにゃがだまってそばにいてくれるから
…おれは、さみしくなかった。



いつのまにか、おれのせかいのまんなかには、ロイにーにゃがいて。



そんなふうにのんびりとぽかぽかな日がつづいてて
いつまでも、そんなふうにつづくと思ってた……。

だから、
おれはすっかりわすれてたんだ。

おれはここでは『いない』ことになってること。

そうして、たぶん。
いつかはひとりで生きていかなくちゃいけないこと。


そんなおれにしっぺ返しがきたのは
それから少したってからのこと。



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