CHOCOっと LOVE
         (折檻LOVER 番外編)



「あー、もう……」
なんでバレンタインなんてあるんだろう。
うろうろと、まだ肌寒い街並みを彷徨いながら、エドは何度目とも知れぬため息をついた。

2月14日。
好きな人に、チョコで愛を告げる日。
本来は女性から男性になんだからとか、元々はお菓子屋の陰謀だからとか。
どれだけ自分に言い訳をしても、やっぱり結論は変わらない。
「ロイ……絶対、欲しがるよなぁ」
呟き見つめる中空に浮かぶのは、ほぼ一年前から付き合い始めた黒髪の男の顔。

幼なじみのハボ兄の先輩に一目ぼれして、強引に頼み込んで家庭教師になってもらった。
14も年上でしかも弁護士。しかも同性。つまり男同士。
絶対相手にされないと思ったから捨て身でぶつかって。
なんやかやの誤解がもとで……身体が先にだったけど、結局なんとか恋人になった。
そうして初めてのバレンタイン。
つきあい始めてみると、言葉が上手い割に大事なコトは言わない男は、意外にロマンテイストで。
あの実務的で涼やかな印象の表情の裏で、色々と激しくて。
だから絶対楽しみにしてるんじゃないかと思うのだ。

「ていうか、渡さなかったら……何されるかわかんない気もするし」
渡したら渡したで、その夜は眠れないだろう。
でも、渡さないともっと大変な事になる。この予感は絶対あたる。
「でもなぁ」
そこで思考は振り出しに、ついでに足も最初に入ったデパ地下に、と戻るのだった。

キラキラと艶やかに光るチョコとディスプレイの数々。
どのブースも今日が最後とばかり、気合を入れて売り子さんがほほ笑み、
平日の昼間だというのに信じられないほど多くの女性でごった返している。
「…………むり」
遠く特設会場を望むひと気の少ないお茶売場の前で、エドは再びため息をついた。
なけなしの勇気を出してここまで来たものの、男があの中に飛びこむなんて出来るわけがない。
いっそパンツ一丁で町内マラソンしろと言われた方がましだ。
「でもなぁ……」
繰り返す同じ吐息。
今回このデパ地下に来ているショコラティエのチョコを、以前雑誌でロイが眺めていたのを知っている。
沢山は食べないが実はロイが甘いもの、特に上質なチョコに目がないのをエドは気付いていた。
ベルギーにあるその店まで行く事は出来ないけど、今日ここでなら自分にでも買える。
絶対に喜ぶのはわかってる。
あの黒い瞳を、ほんの少し柔らかな色に染めて微笑んで。
きっと「一緒に食べようか」と、エドの好きなマンデリンを淹れてくれるだろう。
だけど。
「あああ、やっぱウィンリィに頼めば良かったかなぁ」

会場が出来た二月初め。
幼な馴染みでエドの性癖を知る唯一の女子である彼女は、「あたし、行ってあげようか?」とエドに耳打ちしてくれた。
それを断ったのは、ひとえにロイへの想い故。
だって初めて両思いの相手に上げるチョコなら、やっぱり自分で買いたい。
そうやって頑張ったチョコの方がきちんと思いがこもる気がしたから。
しかし、エドが自分に課したハードルがいかに高いか肌で感じ取る頃には、チョコ売場の過熱は半端なく高まり。
気付いた時にはウィンリィに頼むタイミングすら失って、抜き差しならない状態になっていた。
「いやでも、この程度で負けちゃダメなんだ」
ぶつぶつと呟く姿を、高級茶葉売り場のおばちゃんに生温かく見つめられている事にも気付かず、
エドは覚悟を決め華やかな女性だらけの戦場にと足を踏み出した。

「このアンサンブル二つとぉ、こっちのショコラ・レ」
「すみません。シャンパントリュフとオランジェットの詰め合わせを」
「ボンボンショコラの三千円と、こっちの五千円のコニャックトリュフ詰め合わせ、ひとつずつ」
怒号のように甲高い声が渦巻く中にエドは一歩足を踏み入れる。
とびかう言葉は呪文のようにややこしく、飛ぶようにショーケースの中の商品は減っていく。
「え、えっと……あの」
「ちょっと、こっちが先よ」
「あ、すいませ……」
場違いなエドの声に、瞬間視線が集まる。
それはそうだろう。バレンタイン当日、いかにもな本命チョコ売場に男子学生の姿は痛すぎる。
「あ、あ…っと、え」
戸惑いのまま一歩後ろに下がる。と、空いた空間に後から来た女性がするりと身を滑りこませる。茶色の猫のように。
押され、さらに一歩うしろに。
ブースの奥でサインをしている件のショコラティエ(どうやら彼がこの混雑の元凶らしい)と目があった気がしたが、
前に流れ込んできたおばさまの後頭部が即座に取って代わった。
「……ぅ、わ」
凄すぎる。
見ると体験するのでは大違いの熱気に圧倒され、エドは匍匐前進レベルの速度で後退すると、そのまま売場からフェードアウトしたのだった。

「やっぱりね。可哀想に」
「どうしたの?」
「ううん。この前からね、あそこのチョコを見に男の子が来てたのよ。やっぱり買えないわよね」
「男の子で? 今、流行りのスイーツ男子ってやつかしら」
「それだったら平気で買うんじゃない? 私が見たところ、何かの罰ゲームって感じね」
「あら、まあ。気の毒に」
エドが立ち去った直後。
お茶売場ではそんな会話が展開したのだが、もちろんエドのあずかり知らぬ話である。

その頃、当の噂の主は、というと。
「あああああ、俺って、やっぱ駄目なやつかも」
デパートから敗北感にまみれて一気に駆け出し、電車に乗り込み二駅。
駅前から商店街を抜け、マンション近くの交差点までわき目も振らずに急ぐ。
ようやく落ち着いたのは、そろそろ部屋も見えようかという場所で。
でもやっぱりこのまま帰る気になれず、もいちど商店街にと足を向けた。
「しかし、なんか気まずいよな」
いっそコンビニチョコでも、無いよりマシなんじゃないかと思うものの、日付を考えるとなんだか買いにくい。
店員がそこまで気にしているとも思えないけど、いかにもなチョコ買って自分用とか思われても恥ずかしいし、
だからといって適当なチョコも誤魔化してるみたいで気に入らない。
どうしようと眺めているうちに、板チョコのパッケージが目に入った。
バレンタインを狙った手作りレシピ。
「そっか」
凝ったものはつくれないけど、今から溶かして型に流し込むくらいならロイが帰る前に出来る。
うん、と頷くと、エドはブラックチョコを三枚わしづかみにしてレジに向かった。
途中、チョコだけじゃ恥ずかしいかと、カモフラージュ用にカップ麺と柿ピーを取る。
ピ、ピ、とレジの鳴る音。
「5点で、768円です」
なるべく平静な顔をして財布を取り出す。
予定とずいぶん変わって、予算よりうんと安くなってしまったけど、きっと喜んでくれるだろう。
家を出るにあたって、すこしは料理のやり方も母さんから習っている。
(チョコを溶かすくらい、できるさ)
考えてる内容と正反対に、いかにもな男子学生のコンビニ買いの顔をして、エドはようやくチョコを手にいれたのであった。

◆ ◆ ◆

「さて、と」
急いで戻ったキッチン。
腕まくりをしたエドは、さっそくチョコ作成にと取りかかった。
「まずは流しこむ型だよな」
さすがにハート形を買うなど出来なかったから、アルミホイルを取り出すと、見よう見まねでハートの形を作る。
「意外に、難しいな……これ。あ、くそ、破れた」
ごわごわすつアルミを何枚も重ねて、内側はなるべく平らにしながら型を作る。
丸いところが厄介だったけど、ココット皿の内側とかに押し付けてなんとかそれっぽいものが出来た。
「おお! なんか、俺、やるじゃん」
ここまでは工作と同じレベルなので、なんとか我流で出来たが、ここから先はそうはいかない。
携帯をポチポチと押して、チョコの外箱に記されたサイトを探す。
「チョコの溶かし方……湯せん?」
余りに基本なのかそれ以上詳しく書いてないので、今度は別のサイトに飛ぶ。
「ああ、なるほど削ったチョコをお湯で溶かすのか。あぶねえ、あぶねえ」
そのまま火にかけようとしていた、割ったチョコ入りの鍋をコンロから外す。
これじゃ、焦げてうまく溶けないらしい。
「意外に面倒だな」
チョコをボウルに移すと、鍋に湯を沸かす。ぐつぐつと来たところでボウルを浸けたら端からチョコが蕩けて行った。
「おお。これこれ!」
そのままぐりぐりと掻きまわす。と、溶けた端っこに薄く油みたいなものが浮いてチョコが堅くなっていった。
「あ、あれ?」
慌ててお湯からおろし、携帯を見る。そこにはお湯は沸騰させず、と書いてあった。
「なんだよ。熱過ぎちゃ駄目なのか……」
綺麗に分離してしまったそれを別の器に移すと、もう一度初めからチョコを刻む。
「……念のため、半分にしておいてよかった」
今度はゆっくりと様子を見ながら混ぜて溶かす。
とろりと濃い茶色のクリーム状になったの確認して、小さくガッツポーズをとる。
「やりゃあ、出来るじゃん。おれ」
ほとんど丁度の量しかないので、流し入れるのは慎重にやった。
おかげで少し冷めてしまい、最後チョコの表面がささくれだったけど、気にしないことにした。
そんなデザインもある、きっと。
「おっしゃ、これで固めれば完成!」
ボウルや器具に残ったチョコを舐め「まぁ、美味しいよな」と確認。
味自体は市販品なんだから平気な筈なんだけど、それでも少しばかり心配だったから。
あとは夕食の後、ロイに渡せばいい。
「夕食は、準備しなくていいんだもんな」
今夜は早めに帰れそうだから、近くのバールに行こうと誘われている。
それがロイなりのバレンタインなんだろう。

「あーあ、疲れた……」
ここ数日の気苦労と慣れぬ買い物、そしてチョコ作りに疲れ切ったエドは、そのままソファに身を投げ出す。
「ロイ、喜んでくれるかな」
「私がなんだって?」
「っ!」
いきなり背中からかけられた声に、跳ねあがるように振り返る。
ダークグレーのコートをまだ羽織ったまま、大好きな顔が覗き込んでいた。
「あ、いやなんでも……早かったんだな」
心の準備が出来ないままそう流せば「約束だろう」と手を差し伸べられた。
「支度は出来ているかな?」
「うん」
手につかまり、頼るようにソファから起き上がる。
そのまま強く引かれ、すっぽりと腕の中に抱きしめられた。
「甘い香りがする」
「アンタは、冬の匂いがするぜ」
咄嗟に誤魔化すように顔を胸に埋めれば、とくんと聞える鼓動に吐息が漏れた。
「ただいま、エド」
「いまさら?」
クスクスと笑えば、そっと落ちてくるキス。冷たい唇に、ロイが急いでくれた家路を知る。
「さあ、上着を取っておいで」
このままじゃ出かけられなくなりそうだと、意味深に微笑まれ、エドは薄ら頬を染めて部屋にと向かった。

◆ ◆ ◆

「あー、美味しかった」
ロイの連れて行ってくれたバールは、カウンターに椅子だけの、十人も入れば満杯になりそうな小さな店だった。
住宅街の中に置かれた異空間みたいなそこは、規模の割に本格的な料理とワインの店で。
ついでに言えばシェリーの品ぞろえも豊富で、どうやらそこがロイのお気に入りの理由らしかった。
「パエリアもマッシュルームのオイル焼きも最高だった!」
「気に言ってくれて、なによりだ」
ロイに勧められるまま何杯かシェリーの味見をして、エドはすっかりほろ酔いになっていた。
昼間の疲れもあって、そのままリビングの絨毯に沈没する。
「ほら、しっかりしろ」
「うーん、気持ちいいから、ちょっとだけ」
ごろごろと猫のように転がる姿に苦笑して、ロイはキッチンにと向かう。
「ペリエでいいか?」
「うん。…………あ!」
かちゃりと冷蔵庫を開ける音に我に返った。だって、あの中には。
「おや」
僅かに上がる声音。
「まって、まって! ロイ、見ちゃダメ!」
「と、言われてもな」
「でも駄目っ!」
酔った勢いでロイの背中に突進すると、そのままぐるんと踵を返させる。
「いーから! あっち、いってて!」
我ながら強気な態度だと思うが、ほわほわ気持ちいいし、ロイは笑ってるし、大丈夫。
多分見られたハートのチョコは、作った時は気にならなかったけど随分歪な形に見える。
「でも、これが今の俺だもんな」
普段の自分なら隠したくなる出来だけど、今夜はなぜか平気だった。
だってこれが俺だから。
不器用で不格好で……でも精一杯の俺だから。
アルミホイルを苦労しながらはがす。
なるべく艶のある方を上に白い皿にのせると、そっけないけどそれでもハートのチョコが出来あが
った。
「ロイ、これ。俺から」
ソファに座ったロイの前にどんと置けば「手作りだな」と微笑んでくれる。
「う、うーん。形は作ったけど、溶かして入れただけ」
でも、だから味は平気だと思うと保証すれば、一瞬ののち珍しくロイが大笑いした。
「そこは保証するところなのかい?」
「へん?」
「いや、実に君らしいね」
褒められてるんだか何だかわからないけど、ロイが笑ってるからいい事にする。
「それじゃお礼に珈琲でも入れよう」
「うん!」
ロイの淹れてくれた珈琲は、エドにとって特別な味。
苦くて甘くて幸せな時間をくれる。

「割るのがもったいないな」
「じゃ、こうやって食べる?」
ロイの軽口に、エドはハートの端を銜えると「ん」と伸びあがってロイに反対の端を差し出す。
ハートのチョコで、ポッキーゲームするみたいに。
「なるほど」
ロイは笑みを含んだ声でエドの頬に手を添えると、銜えた唇ギリギリのチョコをぱりんと噛み砕いた。
「んう?」
銜えたままで動けないエドの唇を、そっと舌先で舐めると「甘いな」と。
「ずる…ひ」
「ほら、しゃべるとチョコが落ちるぞ」
「らって、んな……ん、んむ」
噛んだ歯の隙間から、チョコを舐め溶かすように入り込む熱い舌。
「まっ……あ、ぅ……ん」
「ちゃんと銜えて」
「ん、んん……っ、んっ!」
するりと頬から首筋を撫でられて、敏感になった肌に声があがる。
ことん。
テーブルに落ちるチョコの欠片。
「まったく、しかたないな」
こうやって食べたいと言ったのは君だろうに。
そんなとんでもない台詞とともに、エドの身体はソファに沈められていく。
「え? なに?」
割れた欠片を襟から胸に落とし込まれて、エドはロイが意図する行為を知る。
「……ちょ、ちょっとまって。俺、おれ、シャワー浴びて……っ」
初めての時からロイに仕込まれた準備が、今も身に染みついているエドは展開に焦っ叫ぶ。が。
「大丈夫、今はまだ遊ぶだけだから」
「遊ぶだけって、だけって、なに?」
「おや、不服かな」
「そーじゃなくて!」

そうしてロイがチョコを食べ切り、ようやくシャワーを許された時。
エドは上半身だけですっかり蕩けさせられていた。
「……立てない」
「仕方ないな。それじゃ一緒に入って綺麗にしてあげるよ」
「う」
それがどんな羞恥をもたらす行為か知りつつ。
それでも、もう止まれない体に負けて、エドはその腕をロイの首に回した。

甘くて苦い夜は、今、始まったばかり。

THE Happy End
 

 

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