背徳のシナリオ》  

           〜傭兵と天使のバラード〜


床に横たわった姿勢から見上げた窓には、どんよりと重そうな雲が立ち込めた空。



「…雪でも、降りそうだ」

黒髪の男はぼそりと呟くと、その手を窓に向けて伸ばした。




冷たいはずのフローリングが背中で暖かく感じるほど、

しんしんと体が冷えていくのがわかる。



「寒い…な」

男の横たわる部屋では暖炉が燃えさかり、

まだテーブルの上では紅茶が湯気を立てている。

さっきまで誰かがいた事を示すように。

が、そんなことも感じ取れないくらいその青年、ロイ・マスタングの手足からは

ぬくもりが消えていこうとしていた。



「まぁ、仕方ないか」

言葉とともに伸ばした指の先からぼとりと真っ赤な雫が滴り落ちる。

雫の落ちる先には、更に大きな…血溜りが広がっていた。

それは先程から体温とともに流れ出るロイの命の証。


幾多の戦場を潜り抜けてきた自分の、死にざまがこれかと薄く苦笑する。

「…ったく、だから女ってやつは…」

自業自得だと俺を知る連中は皆笑うことだろう。

 

それもまた自分らしいのかもしれない。








生れ落ちた時から戦場だった。



銃とともに育ち…戦争が終結した時には、

戦いの中でしか生きれない存在になってしまってた。

平和になった国に不要なモノである自分を持て余し、傭兵として各国を渡り歩いた。

死を常に意識した戦いで名を上げ金も唸るほど手に入れた。…女にも不自由しなかった。

25を越えた時その世界から身を引いたのは、そろそろ潮時だと感じたから。



そうして、夢を見た。もしかしたら生き直せるのではないかと。

だが、いつもどこかが乾いていた。誰も信じれず、誰も愛せなかった。



そんな人生の終焉にふさわしい幕引き。





彼女の動機はわからない。怨恨か愛憎かそれともどこかのスパイだったのか。

そんなものはもう、どうでも良かった。

次第に霞んでゆく視界。窓の外に白いものがひらりと舞うのが見える。



「降って…きたか…」



最後の瞬間に雪を見ながら逝ける…。それは自分には過ぎた祝福だろう。

瞳を閉じようとした、その時。





『…ロイ……』

誰かが自分を呼ぶ声に気づき、ロイは重くなった瞼を上げる。

こんな優しい声で呼ばれる資格などないというのに。



射し込む一条の光。腹部に深々と刺さった銀のナイフが煌いた。


「だれ、だ…私、を…呼ぶの、は」

『俺、だよ。ロイ…』



鼓膜でなく心に直接響く声。

その持ち主はいつのまにか部屋に立ち、朱に染まるロイを見降ろしていた。

真っ白な服に、真っ白な…翼。


ばさっ…。



舞い落ちていたのは雪ではなく、翼から散る白い羽根で。

「……な…んだ、新手の、勧誘…か…?」

でも、まぁ悪くない趣向だ。死に行く男に天使を見せてくれるなんて。

朦朧としながら、そう口元だけゆがめて笑ってみせる。



『違うよ、俺は…アンタの…』



金の長い髪揺らした金の瞳の天使が何かを告げたようと口を開いた刹那、

ロイの意識は闇に飲まれていった…。





           ◆ ◆ ◆




その出会いより人間界では数日前のこと。



「天界の掟は知っているだろう?」

そう天使長に言われ、新米天使のエドワードはこくりと頷いた。




天使には幾つかの役割がある。

死した人の魂を天界に導き、浄化し、転生させること。それが自分たちの天命。

その天界を守る天使もいるし、

生きた人間に幸せをもたらすキューピットのような役割のものもいる。

天使にと転生した魂は、幾つかの任務をこなすうちに自分にあった役割を見出すのだが、

なぜかエドだけはいつになってもそれが定まらなかった。



けして失敗するわけではない。が、かといって完全な成功でもない。

自分よりあとに転生した後輩が次々と自分の道を見出す中、

エドは未だ独り立ちできない『おちこぼれ』であった。



「本来、この日数かけて天命が見出せないと『生まれ直し』なんだが…」

「…う…」

それは要するに天使として失格ということ。


(何がいけないんだろう…俺、いつも一生懸命やってるのに…)

エドは天使長の言葉に大きな瞳を潤ませる。

その懸命さ、人への多すぎる感情移入が

天使らしからぬ振る舞いにと繋がっているのだが、本人が気づくわけもない。

俯くエドにちらりと視線を落とすと白皙の大天使は言葉を続けた。


「まもなく聖誕祭。我らが大いなる父の愛により、最後のチャンスをおまえに与えよう」

言いながらその右手で空を揺らすと切り開かれるように空間が現れ、

一人の男の映像がエドと大天使の前に映し出された。



短い黒髪に鋭い闇色の瞳。

一見どこにでも居そうなのに、なぜか印象的な青年だった。

ハニーブロンドの女性と睦まじげに酒を酌み交わしている。



「彼は、生まれおちてより一度もまともに人を愛した事がない。

それどころか戦いの中で生き続けてきた人間だ」

「そんなことが…あるのですか?」



人が人を愛さずに生きてなどいけるのか? 

だって『人間』は主たる父の愛のもとに生まれた存在のはずなのに。



「少なくともこの男にとって、愛など唾棄すべきものだということだな」

「それは…彼が未だ生涯の伴侶にめぐり合ってないから、では…?」

かつてキューピッドの任についた時、指導してくれた天使の言葉を思いだす。


『誰にでも必ず魂の伴侶は居る。

それを正しく見極め、巡り会わせるのがまず最初の仕事だ』



「そうかも知れん。…そうでないかも知れん。全てはおまえが見極める事」

静かに告げられる宣告にエドの瞳が上がる。

「この男に真実の愛を見出させ、魂を救うのがおまえに与えられた仕事だ。受けるか?」





答えは無言の背中で。



エドは地上への扉を開くと、

一度ぶるりと身を震わせその真白の翼を広げ…その身を翻した。

黒髪の男を、探し出すために。








「ひどい事をなさいますこと」

「セラフィム」

背後からかけられた柔らかな非難に天使長はその微笑で答えをかえす。

「あの男は確か、運命の相手が転生してないと判明したはず。そんな相手を…」

「だが、今のままではエドワードも納得できまい。それにもしかしたら…」

「もしかしたら…?」


「あの子が奇跡を起こすかもしれない、だろう?」

そうにっこりと笑みを浮かべ、白皙の天使は再び地上の空へとその瞳を戻したのだった。








そして、冒頭に戻る。




「う、そ…」

曇った空の下、窓から部屋の様子を覗き込みエドは真っ青になっていた。

だって。




地上に降り、ターゲットとなる男の人生を辿ってようやく現在にと着いた。

殺伐としたその生き様は、天使であるエドには耐え難いほど辛いもので。

それでも頑張ってその足跡を追い続け、ようやく平穏な世界に戻ってきたというのに…。

ほっとする間もなく…その先で見たものは、今まさに命の灯を消さんとしてる存在。



真っ赤な血溜まりに横たわり今にも気を失いそうな、その男は…。




「冗談じゃない!」

ここで死なれたら自分はもう、永遠にチャンスを失ってしまう。

エドは思わずその部屋の中に入りこんでしまった。



「ロイ!ロイ…」

人間に直接関わってはいけない。それが天界のルール。

それすら忘れエドは横たわる男に呼びかけた。


それでも生ある存在には霊体であるエドの姿は見えない筈だったのだ、が…。



「だれ、だ…私を、呼ぶのは…」

本来なら聞こえない声が、皮肉にも死に瀕したロイには微かに届いてしまう。

(…やば…っ)

我に返っても後の祭り。

しっかり姿まで見られた事を男の言葉から察し、エドは真っ青になる。



(こうなったら…とにかく、こいつを幸せにして大天使さまを納得させる!!)

失敗したところでこれ以上失うものはない。

そう覚悟を決め、エドはその男ロイ・マスタングのもとに舞い降りたのであった。

 

たとらさまよりの30万ニアピン・キリリク 
「天使エドとロイ」のお話です。
なんだかSSの筈が長くなっておりますが
とりあえずクリスマスまでに完結が目標(汗
たぶん、このあと18R…た、たぶん…。

たとらさまのみお持ち帰りOKですVv




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