「金の…三つ編み…?」

エドの言葉にロイの顔がわずかに歪んだ。

そんな相手は知らないと、言いかけてなぜか言葉に詰まる。


ふいと外した視線がロイの答え。でも、それは天使には通用しない。



そっと伸ばされた小さな手が、額に落ちるロイの髪をかき上げそのまま頬にと…。

「握手しようとして…つかめなくて…。ねぇ、思い出して。あの子は、…んぅ…む…」

言葉を遮るようにロイは強引にエドの唇を奪ってきた。

まるでそれ以上踏み込むなと言わんばかりの、ぶつけるようなキス。

だけどそれは二人の心を重ねる事にしかならなくて。


(…あ…?)


重なり混ざる舌と吐息に、知らぬ間に互いの想いが交じり合っていく。





『アイタ、イ…』



先に気づいたのは、エド。


『あ、いたい…会い…たい、会いたい…』

激しい奔流となって渦まいてエドの心に流れ込んできたのは、

おそらくはロイ自身も自覚のない…渇望だった。





離してしまった手。

それは必要な事だった。覚悟もしていた。

互いが自分たちらしく生きるために…けれど。



頭の中響くロイの声。ぱしんと割れて映像が流れ込む。

(…こ、れ…)

エドの脳裏に誰かが浮かび上がる。金の髪の…。

(あの…子? でも…)



瓦礫。煙。揺れる金の髪。翻るのは…茶色のベストの…背中。空…?




『行かせたくなかった』

だけど、笑って送り出した。

その笑顔の裏にある想いがわかってしまったから。


『弟の事、皆の事、そうして今度は世界まで背負っていこうというのかい?』


そんな恋人の背中を押してやるしかできない。

一緒に行ってやる事も出来ない。自分にはこちらでの役割が、まだ残ってるから。

我侭に慣れてない、不器用な二人。




『どうして行かせてしまった…』

ただ、溢れ出るのはひたすらひとつの思い。



『会いたい…』







「…あ、んた…」

エドの眦から、本当の涙が一粒零れ落ちた。

「それ…だけで、ずっと…。戦場に……?」



すっと真直ぐに何かが落ちてきてエドの心に広がった。


『…誰も愛した事がない』 天使長の台詞が蘇る。

(違う、こいつは…ロイは……)



ただ一人の相手を愛しすぎて、求めすぎて…見失ってしまったんだ。


幾つかもわからぬほど前の生で、手を離してしまった存在。

最後に別れたのは戦場で、だから彼はいつも戦場にいた。その姿を求め彷徨ってた。






「…ば、っかじゃ…ねぇ、の?」

ぽろぽろと涙がとめどなく落ちてくる。なんで?

(なんで、そんなこと、やってんだよ)

「何を、言ってる?」

ほんの少しずらした唇から漏れてくる訝しげな声に、

この記憶が自分にだけ融けてる事をエドは知った。


「………うん。…いいよ、抱いてみる?」




エド自身ともっと深く繋がれば、男にもこの記憶が戻るかもしれない。


だって、天使のSEXは魂の交流だから。



(俺、もう、天界には…戻れないだろうけど…)

聖なる存在でなくてはいけない天使にとって、人間との交流は禁じられてる。

ましてや霊体となった人間と…交わるなど、禁忌もはなはだしい。

それでも。

(…あんたの事、救いたいよ、…俺)



悲しみを抱え込み、誰にも見せず、ついには自分ですら忘れてしまった傷ついた魂。

一番奥底の傷口はいまだに真っ赤な血を流し続けているというのに。


(どうせ、天使としては出来損ないだったんだし…)

今だって血に繋がれ、千切れかけた翼は消えそうにゆらゆらと揺れてる。

転生も出来ないほどに穢れてしまった天使は、その魂は…どうなるんだろう。

(…消えちゃうの…かな)

エドの考えを裏付けるように

飛び散った白い羽根は、床に落ち次第にその輪郭を無くしていく。

(でも…それでも、いいや)



出会ってしまった哀しい魂。

この男が救えたなら自分が天使だった甲斐もあるんじゃない?


思い出すかどうかは賭けだったし、思い出したって苦しいだけかもしれない。



でも、少なくとも、心が『空っぽ』ではなくなる。



エドはじっと目の前の男を見つめ、ゆっくりと瞼を伏せた。

受け入れてあげる、アンタを全部。




「ふん、ようやく諦めがついたか」

(違うよ、ロイ。俺は諦めたんじゃなくて…)

瞳を閉じる前に見たのは、何故か怒ったような…黒い瞳だった。











「ひっ!…うぁ、あ…っ」

いきなり強く体内を穿たれてエドは声もなく仰け反った。

生まれたばかりの器官がロイを飲み込み、限界まで押し拡げられて痙攣する。

「…ぅ…っあ、ああん…あ、あ、あ…」

「いい、反応だ…」

ぐちゅん、と生々しい音が繰り返される度、エドの喉から喘ぎが零れる。

痛みとないまぜの快感に翻弄されながら、エドはゆっくりとその手を男の背中に回した。

混ざってるのを感じる。ロイと…。



繋がった場所から溶け合って、熱を移して、逃れられなく絡み合って

どちらの熱さかわからなくなっていく。


打ち付けられるたびエドの中に広がる思い出。ロイの欠片。


街灯、

煉瓦敷きの道、

翻る紅いコート。



「…あ、あ、あ、ああ、あっ…や、あ、…」

ロイの動きが激しさを増す。腕の中の天使はもうすっかり愛欲に堕ちて。

「…天使の中も、悪くない」

言いながら、いっそう激しく突き込まれエドの意識は再び内にと飛んでいく。




いかつい建物の中、扉を開けば、書類が山積みの机。

『エド…エドワード』

呼ばれ、笑ってふり返るその少年の顔は……。


(お、れ…!?)

息を呑む。なんで?




途端、視線が変わった。目の前で苦笑する、青い軍服。

『ほら、だから君には無理だといっただろう、鋼の』

差し伸べられる大きな手、には真白の手袋。あれ…知ってる、あの紅い紋章は…


(う…そ…)


俺、だった? こいつが、ロイが探してたの…。






「…ロイ…っ」


初めて呼ぶ、男の名。

瞬間、自分の上で男がびくりと動きを止めた。

「…な…っ?」

名前が、その声が多分引き金。

「あ、ああーっ」

内部でロイが爆ぜた。と、同時にエドの小さな体もビクビクと震え。

迸る奔流の中で、二人の体も心も完全にひとつとなる。




           ◆ ◆ ◆




朦朧とした意識の狭間でエドは

ロイの心に、封じてられていた記憶が一気に蘇るのを感じていた。

それはフィルムを出鱈目に逆回転させているような酩酊感を伴い、

黒髪の男を…彼に繋がってるエドを巻き込んで濁流のように流れていく。


「な…んだ、これは?」

「あんたにも、見えてるんだ」

良かったと、その胸にしがみ付けば庇うよう覆い被さられて。

「おまえの仕業か?」

「違うよ、これは…あんたの中にあったんだ、全部」


封印された記憶。ロイの魂の奥底に隠されてた、痛み。


見上げれば、まっすぐに自分を見下ろす瞳と視線が絡み合う。

エドの前で、青い軍服姿のロイが抱いてる男と二重写しになって…消えた。



「鋼、の……?」

その一言にロイが全てを理解した事を知る。



初めて暖かく抱きしめられてエドはほぅ…と小さく息を吐いた。

「うん」

「…すまない」

「いいんだ、最初に勝手言ったのは、俺だし」

それは、自分もあの時から告げたかった謝罪。


「あんたを…こんなに苦しめてるとは思ってなかった…」




愛されてたとは思う。思うけど…。

自分が居なくなればそれはそれで誰かと生きていくのだろうと。


「…それは、酷いな」困ったように笑われて唇を噛む。

「だって、…おれ…」

自分は男で子供で、ましてや咎人で。

そんな自分がロイの傍に居ていいのか、いつも不安だったから。

だけど、そんなこと言えなくてエドは俯いてしまう。





急に子供の表情になった天使に軽いキスを落とすと、

ロイはも一度その体を抱き締めた。壊れ物のように。


「まぁ、いいさ。こうしてまた出会えたんだから…」

自分が死ぬのも、そのためだったのかも知れないと笑って。

「天国にいけるような生き方はしてないから、だが…希望は持てる」

「……ロイ…」


腕のぬくもりが哀しくなる。

さっきから羽根の付け根の感覚が無くなってくのがわかるから。

(消えてってる…んだ)

折角会えたのに、俺がまた消えてしまう。今度は多分、完全に。

「ごめん…な、ロイ」





願わくば、これから先ロイが幸せに生きてくれますように。

誰かを愛せる自分を思い出して、そうして…。




「エド…? エドワード…っ!?」








そうしてエドの意識は闇にと堕ちていった…。


 

……大丈夫、大丈夫。ハッピーエンドですよう。
というわけで、なんと一日2本!!!
私には奇跡の連続UP、いっきま〜す。
まぁ、つぎはエピローグって感じで。




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