『エドワード』

『…ん』


『エドワード、起きなさい』

馴染み深い静かな声に瞳を開けば、薄闇のような光の空間。


上も下も右も左も、深い霧のような靄がたゆとっている。

『大天使…さま?』

目の前にはエド達を統べる天使の長たる、彼の人の姿。

『よくがんばりましたね。…誰にも救えなかった魂を救っってくれた』

『え?…じゃあ…』

その言葉に実感する。ロイは救われたのだ。……良かった。



『ただ…天使としては失格です』

一人救うために我が身を投げ出していては、天の御使いの仕事はできません、と。

告げられ、自分のしたことを思い出す。

それでも、後悔はなかった。


『俺…私は、消えるのですね?』

穢れた天使の行き先など誰も教えてくれなかったけど、本能がそう告げる。

覚悟を決めエドは真直ぐ目の前の裁きの天使を見つめた。

大きな真白の羽根…もう、自分には…ない。





『本来なら、そうですが…今回は困った事が起きまして』

ふぅと芝居がかった溜息ひとつ。エドの背後をそっと指差す。

『え?』

振り返れば、そこに立つのは救った筈の……愛しい人。


『ロ、…ロイ!? なんで?』

『私にもわからない。気が遠くなったと思ったら、ここにいた』

『…おそらく、あなたたちの魂が完全に重なった結果でしょう』

『そ、んな…』

重なった心。

自分の中にある未練がロイをこんなところに導いてしまったのか?

魂の消滅への入り口へと。



『このままでは彼も消滅してしまいます。が、それは天命に反する事』

『……』

『彼を、戻せますか? エドワード』

あなたの心から彼を消してください、と。

(消す…ロイ、を? ロイの思い出を?)

間もなく消滅してしまうのなら、それだって消えてしまうのだけれど。

でも、最後の瞬間まで…その思いを抱いていたかったのに…。

(だけど…やらなきゃ、ロイが…)





余りに予想外な展開にエドが呆然としている間に

ロイは一歩前に進み出て天使からエドを背中に庇うと、きっぱりと言い放った。


『エドを消すなどしたら、私が大人しくしてるとは思わないで貰おう』

『……ロイ?!』

『私を救う為に禁を犯したなら、この私も同罪。

これ以上エドの居ない世界を流離う気もない』


どうやら、これまでのいきさつを黙って聞いていたらしい台詞に

エドは息を呑む。


『それでは、ともに消滅すると?』

大天使のその言葉にロイは不敵な笑みを浮かべ。



『もとより、ただで消える気はない。

霊体とやらでの力の使い方もわかってきたしな…』




大天使に宣戦布告。エドの顔が真っ青になる。


が、とうの天使は穏やかに笑うばかりで。

『…というわけです。私としては天界の平和は守らねばなりません』

魔界すら破壊しかねない表情のロイを前に、大天使は謳うように告げる。



『おりしも聖誕祭。生まれなおすには相応しい日でしょう』



『…え…?』

それって、それって…いったい。

『では、こいつは俺が貰っていくが、いいんだな』

『そうですね、あなたの魂に暴れられるのは困りますし』

おそらく制御できるのは彼だけでしょうから、と。


それは暖かな微笑み。赦しと愛に満ちた、至上の。




それは、生きていいと。ロイと一緒に生きていいという…。

『あ、…ありがとうございます』

エドの唇がその形を作り終わる前に、薄闇の世界は、閉じた。












「……あ…」


「気がついたか?」

「あれ…?」

ぽかりと目を開けてみれば、いまだ愛しい男の腕の中。

(消えて…ない…?)

信じられない思いでエドは周囲を見渡した。

「なんで? え?…俺」

あの時感じた痛みは本物だった。背中の羽根が千切れ、消えていく喪失感も。

なのに、どうして。

(そうだ…羽根…)

「…っ! く、ぅ…」

背中を振り返ろうとして、腰から響く鈍い痛みに我が身を抱える。

が、そうすると見えてた翼の白さは視界には現れず、やはり失くしたのだと思い知る。




「大丈夫か、無理をするな」

心配そうな低い声。見上げれば、すっかり自分を取り戻したロイが覗き込んでくる。

触れる腕のぬくもりがやけに生々しくて、

びくりと震えれば寒いのかと誤解したロイが抱き締めてきた。

「あ、え?…俺…これ…」



忘れてた、感覚。肌と肌の触れる…。肉体の、ある、感じ。



「俺…『人間』、に…なって……」

「天使とやらも、中々気の利いた事をしてくれる」



途端、蘇るあの空間。では、あれは夢ではなかったのか。


自分は穢れの罰として消されるかわりに、ロイの傍に居ろと。




「……ほんと、に!?」

信じられない。こんな事があってもいいの?



きつく抱かれしがみつく胸。とくんとくんと懐かしい鼓動が響く。

(ああ…。生きてるんだ)



と、はたと思い当たる事実。肉体が戻ったという事は…。

「ロイ…あんた、怪我は!?」

「ああ、そういえばそうだったな」

エドが慌てて体を離し羽織ったシャツをめくれば、

ナイフで裂かれた布の下はすでに塞がった傷跡で。

「治って…る…」

それがエドと交わったからなのか、大天使さまからの祝福なのかはわからない。

ただ、この人が生きてここに居てくれる事が、嬉しかった。





「……それより、…あ〜、なんだ…エドワード。おまえのほうが…」

「え?」

言われてほぼ全裸に近い自らの姿に思い至る。


そうして、慌ててシーツを纏おうとベッドにと走る途中……。



「あ!? え、ええええええーっ!??」

戸棚のガラスに映った自分の姿にエドは絶叫した。

なんとなれば……。











「どうして、あなたはそう意地悪なんでしょうね」

セラフィムが天使長ラファエルに溜息まじりでそう告げれば

「おや、ここまで赦してやったのにそういわれるとは心外だな」

言葉を気にするでなく、下界を覗きラファエルは楽しげに笑った。



「それに、エドワードのあの姿は彼の青年の記憶を移した、いわば『望み』だろう?」

「……よくおっしゃいますこと」

あれではあの者たちが苦労しますでしょうに、と続ければ、にっこりと笑って。

「なに真実の愛には性別などという障害など関係ないだろう」

「だから、意地悪だというのですよ」

「それはそうだよ。私のお気に入りを持っていったのだからね」


幾重にも天使にあるまじき発言をする目の前の相手に、セラフィムは頭をそっと抱えた。









そうして、下界では。


「お、お、おれ…え? おと、おと、おとこ…っ」

さっきからシーツにくるまってエドはぽろぽろと泣き続けている。



これまでの流れから、自分は女に生まれ変わったと信じ込んでて。

(だって、ロイとあんなこと…したのも…だし)

だけど、どういう悪戯か自分の体にはしっかりあるべきものがついてて。

(どうしよう…これじゃ、ロイと…)



これはやっぱり罰なんだろうか。

見張って傍に居なきゃだけど、恋人になんてなっちゃいけないという。

(そうだよね、そんな簡単に赦される訳…)




「泣くほど心配しなくとも大丈夫だ」


頼もしい恋人の言葉にエドがゆるりと顔をあげれば

「男相手は初めてだが、きちんと感じさせてやるから」

耳に低く注がれるのは、サイテーの台詞。

「そっ、そういうことじゃなくて〜っ!」

あんまりに即物的な答えにエドの顔が朱に染まる。

「だって…結婚もできないし…子供、だって…」


が。返された答えはいたってシンプル。


「どうしてだ? おまえが居て私が居て…それだけで充分じゃないか」

ちゅ、とキスを落とされてエドの涙が止まる。


「……いや、じゃない?」





その問いかけは、そのまま覆い被さられ……シーツの海に消えた。













     病める時も健やかなる時も

     いつも一番傍に居て。



     幾世の時の果て、重なり合った魂ならば


     死さえ ふたりを 分かてない。





背徳のシナリオ END (’06 12/13)




 

すいません、最後思い切りギャグに逃げました。
天使脅すロイが書きたくなってしまって、つい〜(汗

もう、あの二人はどこにいっても対じゃないと危険ってことで
人間界はもちろん、天界でも魔界でもバカップル認定ですよ。
ああ、楽しかった。たとらさん、煩悩かき立てるリクありがとうでした。
少しでもお気に召せば嬉しいですVv





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