ロイ×後天性エド子 新婚STORY


それすらも 幸せな 日々

              〜ロイ・プロポーズ編



<1>

「…おも…」

う〜んとベッドで伸びをしながら、

俺、エドワード・エルリックはぼんやりとした目覚めを迎えていた。


(なに、これ…くるし…)

なにやら息苦しい胸元の『おもし』を横にずらし、ぽいと放り投げる。

と、そのはずみではだけた毛布から朝の冷たい空気が直接肌に触れて

予期せぬ寒さにブルっと震えた。


「…ぅ、ん…寒…っ」

再び毛布を巻きつけるとぬくもりを求めて潜る、と。

「…まだ、早いぞ」

言葉とともにぎゅっと抱き込まれてぬくもりに安堵する。



が、次の瞬間。まだ動かぬ頭によぎる疑問。


(…なんだ、これ?)

このぬくもりには覚えがある。そう小さな頃、母さんに抱き締められた…だけど、それは遠い昔。


固まった俺をどう誤解したのか、抱き締めてる腕の相手は耳元で囁く。

「昨夜は遅かった…もう少し、休みなさい」

聞き覚えのありすぎる、低い声。しかしそれはまた、余り聞いた事のない寝ぼけた口調で。

(こ、ここここ、これ…っ…ええ、えええ、えええええっ!?)

まずこれが現実だと理解して、次いで状況を理解する。


どういう訳だか俺、は、あのロイ・マスタングとひとつベッドで。しかも腕に抱き込まれてて。

しかも、…考えたくもない話だが、この肌の触れ方は…お互い真っ裸に違いなく。

ここに至って俺の頭は一気に覚醒した。



「た、大佐っ!?」

どたがらがっしゃん…べしっ。

……最後のは俺がベッドからなだれ落ちた音。


いったい何がと…記憶の戻らぬ俺を、

しかも床の上でへたり込んでる俺をみつめると、

その男はとろけるように笑って……こう言ったんだ。



「おはよう、奥さん」


な、ななななにーっ!?

「その顔じゃまだ思い出せてないようだね。昨日私達は結婚したんだよ」

ショ−ゲキの告白。

なんだコレは?

何かの罰ゲームか? ドッキリカメラか??

一緒にひっぱりおちた毛布の端を持ち、パクパクと口を動かすが声も出ない。



俺が、結婚!?

なんで??

だって、おれ、おとこじゃ…


「てめぇ、なに言って…、痛っ!」

怒鳴ろうと力を入れたら、体のあちこちが…つーか、特に一部が、痛い。

「ああ、ほらまだ動くのは無理だろう。昨夜だいぶ無理をさせたからね」


ゆっくりとベッドから降り俺を抱き上げようと近づいてくる、黒髪の男。

光を浴びてやわらかに浮かぶ体はもちろん上半身裸の状態で。

それは確かによく知った『いけ好かない上司』なんだけど。…なんでかドキドキする。


訳も分からず見上げてたら、これまた極上の笑みで。

「そんな目で見つめて…もう一度誘っているのかい?」

「え…? ひゃ、あっ!」

抱き上げたまま(ムカつく事に軽々と!)片手で胸の飾りを小さく弾かれて変な声が出る。

赤くなるついでに俺は自分が全裸の事実に思い至った。

しかも。


「え、ええ、え?」

小ぶりながら、可愛く膨らんだ胸が自分についているのを確認した時

「あーーーっ!」

忘れたかった一昨日の朝からの出来事がフラッシュバックし、



俺は自分が『エディ・マスタング』になった事を思い出したのだった。



<2>

「やべ…。俺…女になっちまった」

我ながらマヌケな台詞だと思う。思うが、それが記せずしての本音。




幾多の艱難辛苦を越え、真理の扉を抜けてアルの体を迎えに行った。


『長い事預けちまったが、貰ってくぜ』

俺の啖呵に真理の野郎は意外なほどあっさり頷いて、しかし言うには。

『等価交換だ、錬金術師』


それは予想してたものだったから、半分死を覚悟した俺はこくりと頷いた。

が。

『おまえの命、といいたい所だが、覚悟してるんじゃ面白くない』

そうしてにやりと。言うに事欠いて。

『今までのおまえの人生、それからこれからのおまえの希望。等価交換だ』

『え?』



言葉の意味を理解する前に、扉は大きく動いて俺らを飲み込みはじき出し…。



気づいた時、俺の体はしっかり女になってしまっていた。

「……こういう意味か、あの野郎」



今まで生きてきたエドワード・エルリック(男)は居なくなり、

ついでに。

密かに抱いてたウィンリィとのエルリック家再興の野望も潰えた、という次第である。

(いや、再興はそりゃアルが居れば出来るんだけど、俺としては…うにゃむにゃ)




で、結局。国家錬金術師である必要もなくなり、ついでに

「だめだよ!そんな、兄…姉さんが軍になんて

狼の群れに羊を投げ込むようなもんじゃない」

と、アルが心配するので軍部も止める事にして資格返上のためセントラルにと向かう。



大総統に面会するにあたり、一応後見人ではあるのでと

無能なんだか有能なんだかわからない上司にも報告をしに立ち寄った。



黒髪の美丈夫、ロイ・マスタング大佐。

軍にこの人有りといわれる女たらし。


一応、今回の事は旅先から連絡はしておいたが、もちろん女になった事は伏せておいた。

…だってさ、相手は視線で妊娠するとまで言われてる男だぞ。

こんな子供に、とは思うが用心に越した事はない。




「ども」「こんにちは、お邪魔します」

重なるふたつの声。俺とアルの。

普段と変わりなく返事を待たずにドアを開ければ、

大佐が連絡しておいてくれたのか、いつものメンバーが全員集まっていて。

口々に掛けられる「お帰り」と「やったな」「おめでとう」の声に目頭がじんわり滲んでくる。


「…おめでとう、鋼の。君ならやれると思っていたよ」


ひとしきりの喧騒の後、不意にかけられた静かな声に振り向いた俺は、

不覚にも逆光を背負ったその姿に…見ほれてしまった。

(こいつ…って、こんなだったっけ?)

格好良いとは思ってたが、どちらかというと癪に障る存在で。

なんで世の女は騙されてるんだ、こいつ絶対性格悪いぞとまで思っていたのに。


(…これ、も、女になった影響なのか?)

もしやこれがフェロモンとかいう奴なのかと科学の知識を頭の隅から掘り起こすが

わかったところで如何ともしがたく。


「ん?どうした、ぼうっとして…」

私に見ほれたかね、と笑われ、いつものからかいの言葉と知りつつ顔が朱に染まる。

「…あ!」

視界の隅でアルが舌打ち。


ごめん、ふがいない兄ちゃん(いやもう姉ちゃんか?)で。





「ええ〜!?大将、軍を辞めるのか?」

おそらくは青天の霹靂であろう俺とアルの言葉に執務室は一気に喧騒の渦となった。



「…うん。申し訳ないけど、俺…」

確かに軍の人たちとも、とくに大佐配下のメンバーとはなじみが深いだけに別れがたい。

だが、本来の目的は達した上に…事情が事情だ。

このまま男として残るのは厳しいだろう。アルの言う事も心配も…もっともで。

それでも、なんだか薄情な気がして俺はつい俯いてしまう。

だが。


「仕方あるまい。もともとそのための軍属だ。

 戦場に駆り出されないうちに引ければその方がいい」


大佐の一言が、やんわりと俺を救う。

それは意識などしてない言葉だろうけど、俺の心を和らげるに充分で。

だけど、だからと言ってほんわりと見つめてしまうのは…やはりまずかったかもしれない。


ふいと流された黒い瞳と眼が合ってしまったら、どくんと強く心臓が打った。

(や、やばい。このままじゃフェロモンの餌食になっちまう)

「どうした、鋼の。体調でも悪いのかね」

「うわっ!」


油断してたらいきなり耳元で低い声。多分、出た俺の声は裏返ってた筈。

そんで、さらにまずいことに慌てた勢いで俺はそのままぐらりと体勢を崩してしまった。


「おわっ!」

ぐら…がしっ………ぷにっ。

「危な…!鋼、の…?」



最後の台詞は思い切り疑問文で。ま、そりゃそうだろう。


支えた筈の大佐の手は遠慮会釈なく俺の…

出来立ての小さな胸のふくらみを掴んでしまってるんだから。


「すこし…太った、の、かね?」

むにむにむに。


あ、なにしやがんだこいつ。確認するんじゃねぇ!

「ばっ!…ばっかやろー、んな訳ねえじゃん!」

反論する俺はもうゆでだこのように真っ赤に違いない。

「しかし、この肉付きは…」



おまっ…そりゃささやかかもしれないが、この胸を贅肉だと抜かしやがるか、この男は!


思わずありもしない女のプライドが首をもたげたのが、俺にとっての分かれ道。

魔がさす、というのはああいうのを言うに違いない。


「うっせぇな! 悪かったよ、ぺチャパイで!」


周囲が静まり返ったのに我に返ったけど、もう遅かった…。



<3>

「さて、確認なのだが…」


大佐の目配せを受け有能な部下が撃鉄の音ひとつ、

あっという間に部屋から他の連中の姿は消え…残されたのは俺と大佐のみとなった。

頼みの綱のアルもハボックに引きずられ、

いまや異常なまでの静けさに包まれた執務室は俺にとっては死刑執行台もどき。



「君は確か男の子だったな?」

「あ…ああ、うん」 煮え切らない返事になるのは赦して欲しい。

だって過去形だから。嘘はついてないよなと心で言い訳。

「思うに…ぺチャパイ、というのは女性に使う表現だと思うのだがね」

「……じゃねえの?」

「自分の発言に矛盾があるのはわかってるかい? 鋼の」



うう、んなこと重々承知だよ。つーか、気にすんなよ。頼むから。

不承不承頷けばいやらしいほどの笑顔で。



「そこから幾つかの仮説は立てられる。が、出来れば自分から説明して欲しいものだね」

「説明…って」

だって、そんな。アルからはくれぐれも大佐にはばれないようにって言われてるのに、どうしろと。

大体が事実を話したところで、そんなコト信じてくれるのか?

「だんまりだと、私としては一番嫌な結論に辿り着かねばならないのだがね」

「…いや、な?」

「そう。君たちが本物のエルリック兄弟ではない、という結論に」


言いながら発火布の手袋を嵌められて、俺は真っ青になった。


錬金術勝負で負けるとは思わないが、アルは他の皆と一緒なのだ。

あの人たち相手に弟が争えるとも思えず…要は人質状態で。

(そうだった、コイツはこういう奴だったよ…)

「……あのさ〜、ぜっったい笑わないって誓えるか?」

そう前置きして、俺は白旗を揚げることとなった。ごめん、アル。




「そうか…」

「で、…軍もやめることにしたって訳」

以外にもマジメな顔で聞き終わってくれた大佐に安堵しつつ、俺はそう締めくくる。

「以上。信じる信じないは、そっちの勝手だけどさ」

「いや…信じるしかないだろうな」

言いながらさっきの感触を確認するように指を動かす上司に頭が痛くなる。


信じてくれるのは嬉しいけど、その右手の動きは止めてくれ!


「ふむ…。となると…」

ぶつぶつと考え込む男の背中に嫌な予感。


「幾分…詰めが甘いな、鋼の」

「な、なにが!?」

いきなりしかつめらしく語りだす大佐に俺は思わず身を乗り出してしまう。

後で思えばそれは、非常にあの男らしいパフォーマンスだったのだ。

だが、その時の俺はそりゃもう必死だったから。

…間違ってもフェロモンにやられてたわけじゃない…はずだ。



「いいかね、いくらトラブルメーカーとはいえ、まがりなりにも優秀な国家錬金術の君が

『辞めたい』と言って即座に通用すると思っているのかな」

トラブルメーカーなる発言にピクリときたものの、グッと我慢して会話を続ける。

オトナになったよなぁ、俺。



「そりゃ…だから大総統に直談判して…」

「自分の目的の為に軍を利用したと…そう言うつもりかい」

目的は達成したから、もう用はないと?

「う…」

実際そのとおりなんだから言い訳も出来やしない。

「そ、それなら…今度の査定で落ちれば」

「それは困るな。推薦した私の評価に関わる」

「……うう」

一応『立つ鳥、後を濁さず』におきたい俺としては、それはちょっと考えるところで。

大佐に厄介かけるのはさておき、その余波で中尉達にまで迷惑かけるのは嫌かも。



「だいたいが、辞めればすっぱり軍と縁が切れると思ってるなら大きな間違いだな。

 いくら故郷に帰ろうが、事あるごとに呼び出される可能性は高いのだから」

黙り込んだところへ、更に追い討ち。ほんっと、ヤな男だぜ。

でも、まぁ、言ってることは確かに想定できる事態なので文句も言えない。ちっ。

「じゃ、どうすればいいんだよ。このまま軍になんて残れないんだから…」



そう。今はまだ誤魔化せるかもしれない。

だけど、これからどんどん俺の体は変わっていく。多分。

そうなった時、いまよりもっと周りの皆に迷惑かけちまうんじゃないかって、そう思って。

不安が無い訳ないじゃないか。

だって、いきなり『女』だって言われても、訳わかんねぇし。

どうしようもなくて、そうしてようやく出した結論だったのに。

なのに…この男は思いつく端から叩き壊してくれて。



俯いてたら頭をポンポンと子どものように軽く叩かれた。

余程な裂けない顔になっていたんだろうか。





「大総統とのアポイントはもう、取ったのかね」

いきなりの問いかけ。

「え?…あ。いや。まだだけど…」

「それは好都合だ」

そう呟くと黒い瞳の男は不意に後見人の顔になって。

「明日、そうだな夕方に面会の手はずを整えておこう」

「え?」

「軍をやめて自由になりたいんだろう? もめることも無く」

「う…うん」


そうだけど、だって無理ってアンタが言ったんじゃないか!


「大丈夫、私に任せなさい。後見人としての最後の勤めくらい果たしてあげるよ」

にっこりと微笑みかけられて……胸が痛い。


(そ、っか。…最後なんだ)

軍を離れればこの男は後見人でも上司でもなくなる。

(それが…なんで、寂しいなんて……)



「ああ、念のためアルフォンスくんは置いてくるんだぞ。人体錬成がばれるとまずいから」

「あ…うん。じゃ、明日は宿に居させるよ」

「それじゃ、明日。4時に執務室で」



あの時、自分の運命をこの男に委ねてしまったのが全ての間違いだったんだ。

そう、今にして思えば。


<4>

運命の日。

俺はホークアイ中尉の運転する車で司令部へと向かっていた。



案の定その申し出をいぶかしみ渋っていたアルは、

監視要員として連れてこられたハボック少尉と

宿の部屋に……あ〜なんだ、閉じ込められて、いる。




「…なんか、すいません。わざわざ」

「ううん、いいのよ。それより……今まで大変だったわね、いえ、おめでとうかしらね」

俺のほうを向くとこなく(そりゃそうだ。運転中だし)中尉が言葉をかけてくる。

「あ、ありがとうございます」

いよいよ、軍を離れるのだ、とその言葉に実感が湧きあがってくる。

「ほんと、皆には迷惑ばっかかけて…」

「何言ってるの。エ…あなたが幸せになってくれるならそれに越したことは無いわ」

そうして。

「もう、エドワード君とも呼べなくなるのね…」

しみじみ落とされた言葉に不覚にも目頭が熱くなる。

「俺…幸せになりますから」

だから安心してくださいと、笑おうとして涙が零れた。



司令部に入るところでブレダ少尉と出会い、廊下でフュリー曹長と出会い。

それぞれの言葉でお祝いを告げられた。

どうやら、マスタング組は全員が事態を知って、何らかの工作に動いてくれたらしい。

それは俺を感動させるに充分な事実。



あんまりに感傷的になってて、

その会話のニュアンスの違いに気づけなかったのが俺の一生の不覚だった。





ムカつくことに、こういう手際(謀略ともいう)にかけては大佐の手腕は見事で。

俺は何の疑問を抱く暇もなく、執務室にと招き入れられたのであった。





「鋼の、すまないが時間が無い。手早くこちらの書類にサインをしてくれないか」

入るや否やの指示に俺は条件反射で書類を受け取った。

ごちゃごちゃとなにやら書いてある書類の、俺の欄の横には既に大佐のサインが添えられている。

「なに、これ?」

「君が円滑に軍を抜けるための書類だよ。急いでくれたまえ、大総統の予定に捩じ込んだのだからね」

「あ、ああ。わかった」

ペンを持って、その書類に目を落とそうとすると大佐の慌てた声が再び。

「ああ、待ちたまえ。…いかん、私としたことが。君の書くのはこの名前だ」

そういってもう一枚、今度は古い書類を俺の手元に広げる。



「…『エディット・エルリック』?」



「そう、君の遠い親戚の女性だ。ファルマンがようやく探し出しあててね。

 先程、君の戸籍と入れ替える操作を済ませた」

「……って?」

「これから君はエディットとして生きることになる」

親戚ならば似ていても、リゼンプールを知っていても不思議では無いだろう?

落とされる優しい声。



それはおそらくみんなからの贈り物。

女性である事を隠さず、しかも素性を完全に偽るわけでなく生きていけるようにと。

『エドワード・エルリック』としては居られないけど、せめて叶う限り近い存在で。



じわりと、また瞳の奥が滲む。

なんだか俺、泣き虫になってるみたいだ。



「さ、感動してる時間は無いぞ。早くサインをしたまえ」

「うん」

促されるまま俺はさらさらとペンを走らせた。





あああ。

なんだって俺はその時思い出せなかったんだ。

内容読まずにサインなんて、しちゃいけないって事を!



相手は百戦錬磨のロイ・マスタングだってことを!!



それを思い知ったのは、大総統の前に二人並んで立ってから…だった。





「なにやら急を要す話だとか? マスタング君」

「はっ、お忙しいところ申し訳ありません、大総統。

 実は早急にこちらの書類にサインが戴きたく、ご無理をお願いいたしました」

言いながら差し出される、例の書類。

ドキドキと心臓が早鐘のように打つ。


だって…大佐は自信満々だったけど、いったいどうやって軍上層を納得させる気なのか。

が、書類を目にしたキングブラッドレィの表情は意外なほど楽しそうで。

「……ほ、う。これはいったいどういう事かね。鋼の錬金術師も納得の上でのことかな?」

「は、はいっ!」

いきなり話を振られて訳がわからなかったけど、とにかく大声で同意しておく。

だって、要は大佐が勝手に追い出したがってるんじゃないか、ってことだろ?

「それなら良いのだが。事情を説明してもらっても言いかね」

「その件は私から…」

質問に思わず震えそうになる俺の手をぎゅっと握り締めて、大佐が静かに口を開いた。



「きっかけは、彼女の父親であるホーエンハイム氏の失踪にあります」



あ?いきなり『彼女」とか言ってないか? いいのか?

いや、確かに女性名でサインしたんだから…そうなんだろうけど。

悩んでる間にも大佐の説明(でっち上げとも言う)は続く。

よくもまぁ、こうぺらぺらと大嘘が出るもんだ。



「…かくして弟と二人きりになった彼女は、父を探すことを決意いたしました。

 その際、国家錬金術師の待遇を利用したことはいささか短慮ではありますが

 幼い子どもが一人で立つにはそれしかなかった、とも言えるでしょう」

大佐の説明を頷きもせず聞く大総統。そのひとつしかない瞳はどんな偽りをも見逃さぬようで。



(う、うわ〜、むちゃくちゃ怖ぇ…)

俺一人じゃ、きっと全部白状させられてたかも。

いつもはぬらりひょんな大佐がこんな頼もしく見える日が来ようとは!



「そして、私はその事実を知り…彼女を男と偽らせました」

「君自ら偽造したと認めるのだね」

「はい。その処分は受ける覚悟は出来ております」

交わされる会話に俺は一瞬真っ青になった。

だって、そんなの、聞いてない!

「え?…違、それは…俺が勝手に! 大佐は…」

「いいんだ、エディ」



エ、エディっ!?


予想外の甘い声音の呼びかけに、背筋を寒いものが走って言葉を失う。

パクパクと口だけ動かす俺を、大総統は何やら誤解した笑顔で見つめてくるし。



「そして、つい先般。私は旅先で父親と出会うことが出来ました。

 事情を告げ、無事父親の許可も得ることが出来たため、

 こうして大総統にお願いに上がったわけです」



なに?

何の許可??


途中から話が見えなくなってきたが、ここで訊ねたら台無しになるのはわかるので

じっと我慢の子で頷いておく。

そんな俺を意味ありげな視線で見つめると、

黒髪の男は握り続けてる手をそっと持ち上げ甲にキスを落とした。


(どえぇえええええええっ!??)

思考と体が一気にフリーズ。

そんな俺を目だけで笑うと、滔々と続ける


「彼女も16になります。親の許可があれば結婚も出来る年です。

 このまま偽って軍に置く事はもう出来ない、と思いました」


「うむ、そこまでの決意なら喜んで証人とならせて貰おう」

優秀な錬金術師を失うのは惜しいが、仕方あるまい。

言いながら大総統のペンがさらさらと紙の上を走る。


「書類偽造の処罰は『1週間の自宅謹慎』にしておこう」

なに、私からの祝いだと告げられ、大佐が破顔する。

「お心遣い、ありがとうございます」

「いやいや、これからは身持ち固くいきたまえよ、マスタング君」

「もちろんです」

男同士で交わされる会話の意味が全く見えない。

いやな予感ばかりがグルグルと渦巻く。


そして。書類を受け取った大佐と部屋を出ようとした時

最後の最後に、爆弾が落とされた。



「結婚おめでとう、エドワード…いやエディット嬢かな。幸せになりたまえ」



なんだってえぇぇぇ!????

悲鳴は口から出る前に、重ねられた大佐の唇に、消えた。

【ロイ・プロポーズ編 END】
(2007.1.18)


WEB拍手で連載の後天性エド子新婚STORYです。
拍手ですから、あくまで軽くコメディで。




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