ロイ×後天性エド子 新婚STORY


それすらも 幸せな 日々

              〜嵐を呼ぶ Honey Moon 編





<1>

「ねぇ、もうそろそろ僕達リゼンブールに帰りたいんだけど」

アルが無情にもそんなことを言い出したのは、

あの悪夢(としか言いようがねぇ)結婚式から一週間もたとうかという頃。


が。それは俺にとって死刑宣告にも等しい恐ろしい発言。


「な、おまえ……実の兄にここで飢え死にしろというのか!?」

「嫌だなぁ。なに大げさな事言ってるのさ」

悲痛な叫びに返ってきたのはニコニコと、でも目は笑っていないアルの声。

過去、この表情を目の当たりにしたいく度かの経験が俺の背筋を凍らせる、が。

だがしかし! ここでビビってはいられない。

「なぁ、頼むよ。あと、あと一日でもいいから〜」

情けなくも泣きついてしまうのには、それ相応の理由があって。


それはあのどたばたの式翌日、とりあえずの買い物に出た日のことだった。



「やぁ、おめでとうエドワー……いや、エディットだったね、もう」

行きつけのパン屋のおじさんは笑って「これはお祝いだよ」とバゲットをサービスしてくれた。

それから行く先行く先でサービスだのおまけだのを貰い、

男性からはいたわりの言葉を(なんでだ?)女性からは羨望のまなざしを貰った。

軍公開での式典だったんだから、多少のパンダ状態でもしかたないかと覚悟はしてたが、

あまりの反応に「なにかあったのか?」と抱いた疑問はそれから間もなく氷解した。



「エドワードさん、いいですよね〜。んもう、そりゃ、街中の女性が悶絶したんですから〜」

と、能天気な声で話してくれたのは偶然出あったシェスカ。

「はぁ?」

首を傾げる俺に彼女は、そりゃもう悪意なんて欠片も無い笑顔でこうのたまったのだ。

「だってものすごい派手な愛の告白だったじゃないですか。軍部でも大騒ぎですよ〜」

「………い、ま…なんて?」

つまり、だ。

例の結婚式の顛末が、あげくロイの鳥肌モノの例の告白が!

集音マイク(何で無駄に高性能なんだ?)に拾われ、街中に流れていた、と。

「う、え、えええええええええっ!?」

事ここに至って、俺は今日一日出会った人々の生暖かい視線を理解した。

だってだってだって、それって……。

(ものすごい…はた迷惑な、バカップル……)

がっくりと膝をつく俺を見て、何かヤバイと感じたらしいシェスカは

「じゃ、わたしはこれで〜」とそそくさとフェードアウト。

たぶん、その判断はとても正しかっただろう、なぜなら。


(ちょっと、まて……)


ということは、だ。あの街の皆さまの眼差しは、ようするになんというか……。

ぶつ、っと頭の中で何かが切れる。



(この、俺が!)

鋼の錬金術師として子供ながらも名をはせていた俺、が!

あと少し背が伸びたら結構女の子にももてるんじゃねぇ?とか期待してた俺が!!


「な〜んで、んな目で見られなきゃいけねえんだ! あの色ボケ大佐!!」


思わず激昂した瞬間、俺はどこぞの建物にド派手な石のゲンコを錬成してしまっていたのだから。





そんなわけで帰宅後シーツを被って怒りと恥ずかしさで蓑虫になっていた俺を見て

落ち着くまでなら…とアルとウィンリィが残って世話をしてくれてたのだ。

それはもう日々の買出しから洗濯干しまで。


あとから聞けば、んな感じで何日も外に姿を見せない俺に

街の皆さまは勝手に大佐の絶倫っぷりを想像してたらしいがそれはさておき。



「だってもうそろそろ落ち着いただろうし……」

それに、と言葉を濁す。

「それに?」

問い直せばほんの少々赤らめた顔で。

「あ……、あの、ね。ほら僕達がいると大佐も……機嫌、わるいっていうか…」

「ああ〜? あいつのどこが?」

嫌になるくらいニコニコともてなしてると思ってたけど。

いや、言われてみれば少しは……夜お酒飲んでる事が多いとか司令部にいる時間が長いとかあるけど。

「考えすぎじゃねぇ?」 そう告げれば。

「いやだなぁ、姉さんってば。こんな事まで言わせないでよ。もうお邪魔虫も限界だってば」

「は?」

それは、いったい……。

思いっきり頭の上に「?」マークを飛ばす俺にアルは芝居がかったため息をつく。


「新婚さん、だもんね。僕とウィンリィの情操教育にもよくないと思うし」

「あ? あ、あああああっあるふぉん、すぅ!?」

「そうよね、あんな雰囲気はまだちょっと刺激が強いわ〜」

「う、うううううううぃん、……りぃ??」


(ちょ、ちょ、ちょっとまて!、それは、いったいどういう、っていうか

 そういうことだとはおもうんだけど、だからっていきなりなにをいいだして

 にいちゃんはおまえをそんなふうにそだてたおぼえはないぞ、あるふぉんす〜)

狼狽の余り、思考が全部ひらがなになる。

酸欠の魚みたいにパクパクと口だけが動く。

なのに、あろうことかひたすら動揺する俺にここぞとアルがたたみ掛けてきたことには。


「いつまでもこうやって閉じこもってるわけにも行かないでしょ?」

「そ、そりゃ、まあ…」

「だからさ、とりあえずリハビリがてら司令部まで行ってみるっていうのはどう」

「そうね、エド。あそこには資料室もあるもの、いいかもしれないわね〜」

にっこりとウィンリィ。うう、笑顔が怖いぜ。

「だ、だけどな……」

「大丈夫よ、エド。却って気にしすぎてるのもよくないもんよ」

「そうだよ姉さん。ほら人の噂も四十九日っていうじゃない」

………こいつ、間違えたと言うより敢えて短くしやがったな。

だが、立て板に水状態の二人の鬼気迫る勢いは、俺に反論する余地など与えてくれない。

「わ、わかった……よ」

うっかり頷いた俺がこの決断を後悔するのは、ほんの十数分後だった。



「んちわ…」

おずおずと扉をノックする俺を満面の笑みで迎えたのはいわゆる俺の……夫と言う事になるヤツで。

すました顔した女たらし、無能にして有能なロイ・マスタング大佐だ。


「おや、めずらしい。……あ、ああ、いやこちらのことだ。そう、そうか。

 ……じゃあ、すまなかったね」

チンと電話を切られてまずかったかと少しばかり心配になる。

「なんか、おれ…邪魔した?」

「いやもう用件は終っていたから構わないさ」

言いながら椅子を後に滑らせ机との間に空間を作ると、満面の笑みでポンポンと自分の膝上を叩く。

「………謹んでご遠慮シマス」

「君の都合は聞いてないよ」


あのなあ、いくら公認とはいえここは執務室だろうが。

がっくりと肩を落とす俺の視界の隅に、

慌てて視線をそらすハボック少尉やファルマン准尉の姿が映った。



「あのさ、俺、資料室の鍵借りに来たの。

 ジェニファに聞いたら大佐が持ってったままだって言うから」

「なんだつれないな」

くすくすと笑いながら机の引き出しから鍵を取り出す。

受け取りに近づいたところで、腕をいきなり引っ張られ……俺は前のめりに机に乗り上げた。

と。


「ぅ…ん〜〜〜〜〜っ!!!」


むちゃくちゃな体勢で引き寄せられそのままキスを奪われる。

とたんガタガタとたちあがる気配。でも俺はそれどころじゃなくて。

(っ!つくえっ! いた、いたいって…!)

腰骨の辺りが角に当たってめちゃめちゃ痛い。足なんてもう浮いちゃってるから。

「ぷはっ!」

引き離したときには半分なみだ目で。


「そんなに感じたかい?」

にやつく男への返事は机によじ登ってのアッパーカット。


……は、見事にマスタングガードで避けられ、俺はそのままよろけて結局腕の中に。ちくしょう。




「ああそういえば、アルフォンス君たちは4時の汽車らしいぞ」

腕に絡め取られた俺の耳元に、静かに落とされるッショーゲキの一言。

俺は思わず顔を上げる。う、顔が近い。でも、んな事構ってられねぇ

「なんだって?」

「今、電話があった」

指される受話器。じゃ、入ってきたあのときの電話が? 時計を見る。3時40分。

「顔を見ると泣きそうだから、と言ってはいたが……今ならまだなんとか間に合うだろう」

「大、佐……?」

「ほら、急ぎたまえ」

ひょいと膝の上から持ち上げられて立たされて。

その扱いはちょっとばかり不満だったけど(俺は猫じゃねぇし…)

不覚にも感動してしまった俺は「ありがと」と小さく呟くと

コートを翻して駆け出したのだった。



<2>

案の定、俺を司令部に向かわせた間に姿をけすつもりだった二人を駅で見つけると、

俺は足音も荒く近づいていった。


しかし、予想に反し本当に泣き出してしまったウィンリィを見てはそれ以上何も言えず

「また遊びに来いよ」と抱き合うばかりだった。


ぎりぎりセーフでアルたちを見送った俺は、感謝の意を込めて大佐に夕食を準備してやる事にした。

メニューはとりあえずシチューとサラダ。パンは買い置きがあるからそれを切る。

って言うか、今までがウィンリィの手料理だからどうにかなると思ったのだが、

錬金術と同じと思いつつ、これが中々難しい。

いっそ手パンの方が上手く出来るんじゃないかと思いつつも、

料理は作る人の愛だと言ってた母さんの言葉がそれを却下する。

(だって、やっぱ……お礼って心込めるもんだしな)

だが。



「なんで……こんな、さらさらのままなんだ?」


ぶち込んで煮れば何とかなると簡単に考えていた俺をあざ笑うかのように、

鍋でくつくつと煮えたぎる白いスープ……つーか鶏肉と野菜の牛乳煮。

(ま、これはこれで、食べれないわけじゃないし……。いっか)

基本アバウトな俺はそれはそれで良しとすることにした。


とりあえず火は通ってやわらかいし。要は栄養が取れればいいんだ。うん。


サラダは葉っぱを洗って手で千切ると上からチーズのおろしたのを乗せる。

うん、これは結構綺麗。

お皿を並べ、パンをすぐに焼けるようにオーブンに入れるとすっかり用意は終った。

「間に合った!……そろそろかな」

時計を見て、やや一息。いつもならあと30分もしたら大佐が帰宅する時間だ。

帰ってきて着替えてる間に、全部暖めなおして食べれるタイミング。

「ふふん、俺って天才?」


ちょいと成人男性にはカロリー足りないかもしれないが、

そろそろ気をつけてもいい年だろうと勝手に決定して、俺はキッチンの椅子に座った。



「あ! それから……と」

ばたばたと階段を上がって自分用のベッドを客間に整えておく。



昨日まではアルやウィンリィが居るからと「そーゆーこと」をお断りしていた。

正直、その希望を聞いてくれるかは大佐次第だったから心配だったが、

さすがにあのぬらりひょんな男も考えたのか、それは譲歩してくれた。

まぁ、それは滞在期間が短いと思い込ませた自分の手腕でもあったのだが、それはさておき。



(ただ……反動が怖いんだよね)


要はお預け状態解除な訳で。

しかも社会的にはそーゆー事むしろやってOKな位置づけなんだから……。

(自衛は必要だよな)



そう。

これまでそーゆーことが無かったとは言わない。


むしろ、色々濃いものがあったりなかったりあったりするし、

更に、感覚的には気持ちよかったりするもんだから、さあ大変。


でも! と、ここでこぶしを握り締め、うんと頷く。


「俺は、変態じゃねえし!」

そもそも心はどんな時間がたとうが、未だ少年の自分を覚えていて。



あたりまえだ! 生まれた時からの感覚を今更ひっくり返されて、

「はいそうですか」と受け止められるわけがない。

そんなだから、男女間の当たり前の営みと言われても、どうしても抵抗がある。

もともと興味が薄かった上に、心情的にはまだ同性なわけで。

いくら周囲が認めようが、不覚にもカッコいいと思う瞬間があろうが……ヤなもんはヤなんである。



(それに……さ)

真理の悪戯でこうなったわけだけど、自分が腕や足を取り戻せたように

またいつか男性に戻れないとも限らない。

(いまんとこ、そこまでの危険犯そうとは思わねぇけど……な)

そう思うと『女性』としてそーゆー事して、やたら女性ホルモン的なものが増えるのは

やはりちょっとまずい気がする。

(もどれるとして……だけど、戻りにくくなりそう、つーか)

だけど、絶対言えるのは『触られたら最後』だってこと。

(だって、さ。アイツの声とか指とか……反則だろ?)


空気が変わった瞬間の、ロイの絶大的な破壊力は何度も身をもって教え込まれている。

しかも式の後1週間以上のポテンシャルを持つ男が相手だ。

今夜、寝技に持ち込まれたら………。

(勝てる気がしねぇ)

瞬間ぞくりと身体を走った電流は無視して、俺は退避のための手順をシュミレートしていた。




が。

「………遅い…」

いくら待っても玄関のドアはぴくりとも動かない。

それどころか電話の一つも入らない。

あいつらが居る時はうるさいくらい「遅くなる」だの「今から帰る」だの連絡してきてたくせに。

「なんなんだよ」

かちかちと時計の音だけが耳につく。

しんとした部屋は……ひとりは、苦手だ。考えなくていいことまで考えてしまうから。

思い起こせばこんな風に独りきりになる事はほんとに無くて。

(いっつも……アルと一緒だったしなぁ)

それこそお互いに用事があれば別行動もしたけど、

何の用事もアテもなくたった一人でぼんやりとする時間なんて……。

「何でこんなときだけ遅いんだよ、あの無能」


二人が帰ったから絶対いそいそと仕事放り出して帰ってくると踏んでいたのに。

(……って、まて。それって、俺、大佐にものすごく……なんつーか、あれ?)


「何を百面相してるんだね?」

「うを!」

いきなり背後からかかった低くて甘い笑い声。


びっくりした。びっくりした。びっくりした。


「お、おまっ!…いきなり気配消して後ろに来るなよ」

つい乱暴な口調になるのはしかたあるまい。なのに、相手は一向に気にしてない様子。

「おや、私はきちんと『ただいま』と声をかけたんだが」

「へ?」 うそ。マジで?

「気付かないほど何を考えていたんだい?」

グイと覗き込まれて言葉を失う。ついでに頬が赤くなり、半分白状したようなもの。

案の定大佐はにやにやと笑って「寂しかったかい?」なんて聞いてくる。

「ちーっとも」

「それはつれないね」

全然信じてない顔つき。うう、くやしい。

「んなことよりアンタ飯は?」

「何も食べてないよ。さっきまで残業だ」

勘弁して欲しいねとぼやきながら着替えに寝室に向かう背中を見ながら、

俺はキッチンに向かいスープ鍋を火にかけた。


「これは……」

「文句はうけつけねぇ。ちゃっちゃと食いやがれ」

幾分予定と違った感じだが、俺は二人分の…

やや煮込みすぎて茶色がかったスープとサラダ、そしてパンをテーブルに並べる。


「……君も、食べてなかったのかい?」

「え? あ、ああ、そんな腹減らなかったし」

それは半分嘘で半分本当。

っていうか、ひとり先に食べるという選択肢を、言われるまで思いついてなかったんだ。

それだけなのに大佐は嬉しそうに片頬を緩めると、スプーンを手にする。

「ああ、いいね。こんな深夜でもひとりじゃない食卓と言うのは」

何言ってやがると思う端から、その言葉に喜んでる自分がどこかに居て、やっぱ俺、変だ。

なのに口から出るのは素直じゃない悪態ばかり。

「はいはい、わかったからさっさと食べて風呂入って寝ろよ。明日も軍だろ?」

遠まわしにエッチは無し! と言い切る俺に、大佐は……拍子抜けするほどあっさり頷いた。

「ああ、そうだな。残念だが明日は早いし」

「へ?」

「急に決まってな。しばらくセントラルを離れねばならん」

「なんで?」

思わずマヌケな事を聞いてしまう。

この時間までの残業、急に決まった出張ときたら何かごたごたが起きたに決まってる。

そんなん、今までだって幾らでもあった。


だけど今までと違うのは、ここで何があったか聞けない事。

だって俺はもう軍属じゃないから。たとえ元国家錬金術師でも、そこは越えてはいけないハードル。



「たいした事じゃない。すぐに戻れると思うよ」

ほらね。やっぱり大佐も言葉を濁してきた。

「ま、がんばって」

ぼそりと言葉を落とすと俺は、急に冷めた気がするスープをもう一口飲んだ。


<3>

「って、いくらなんでも遅くねぇ?」

見上げる壁にはご丁寧に×印をつけたカレンダー。

早朝にいきなり大佐が旅立ってからすでに5日が過ぎていた。


たった5日かもしれないが「あの」大佐が、と思うと少しばかり気になる。


「そんなに時間かかるんなら、普通一回仕切りなおすよな」

だって大佐が居なければ実質あの部署は動かないわけで。

いくら残業して書類減らしたにしても、そろそろ限界だろう。

移動に時間がかかってもこの日にちは……と考えたところで、はたと思い至る。

「そういえば、俺……どこ行ったのか、聞いてねぇ」


ガーンと大文字でバックに書いたようなショック。


確かに軍務なら秘密なのかもしれないけど、まがりなりにも……妻が、だな。

「どこいったか知らないなんて、ありかよ?」

気付いたら俺の手は受話器を握り、指が覚えたナンバーをまわしていた。



「はい、マスタング大佐の……あらエドワードくん、じゃなかった……エ」

言い直そうとするホークアイ中尉にエドでいいよと言いきると、

俺は挨拶もそこそこに用件を切り出した。

「あのさ、大佐ってどこ行ってるんだったっけ」

いかにも聞いてたのを忘れた雰囲気で聞けば、拍子抜けするほど簡単に。

「リオールでしょ。それがどうかしたの?」

「そうかリオール……だったよね。じゃもうそろそろ帰ってくるかな」

が、そらっとぼけた演技は、受話器から流れてきた言葉で凍りつく。

「ええ、そろそろだとは思うんだけど、行ったきり連絡が取れないからこちらも困ってるのよ」


「……ぇ?」

今、なんていった? 行ったきり……連絡が?

それってヤバイんじゃ……。


「まぁでも大佐の事だからあまり……」

中尉が電話機の抜こうで何か言ってるけど、俺の耳には届いてない。

愕然とした俺は、どうやって話を終えたかも覚えていないままその電話を切ったのだった。



そして、翌日。


俺はまんじりともせずに夜が明けるのを待つと、

なじみの旅支度を引っ張り出し、そのまま一番の汽車に飛び乗った。


リオールといえば、その昔俺がレト教の絡みでドンパチやった街だ。

それなりに知り合いも土地勘もある。

もし大佐がとんでもない事態に巻き込まれているなら、少しは役に立てるかもしれない。

「だって中尉も困ってる感じだったし、さ。……たく何やってんだあの無能は」

そんな風に自分に言い訳して、落ち着かない気持ちを見ない振りする。

そう、これは違う。

大佐が居ないから寂しいとか、心配だとか、そういう女々しい感情じゃなくて。


「まったくしかたねぇな。たまには恩売っとくのもいいか」

うんうん、と頷いて俺は久方ぶりにリオールの駅に降り立ったのだった。


(く〜っ、気持ちいい)

さすがにまだここにはセントラルでの馬鹿騒ぎは伝わってないらしく、

俺は好奇の目で見られる事なく悠々と通りを闊歩していた。

(これだよな、これ)

久々に感じる自由。

そりゃ、エドワード・エルリックはここでは有名かもだが、エディット・マスタングは無名だ。

「やっぱ。こういうのがいいよなー」

うーんと伸びをしてたら、背後からくすくすと聞き覚えのある笑い声がした。

「ロゼ!」

振り返り、懐かしい顔に俺は満面の笑みを浮かべた。



「相変わらずね、エド。今日はどこに行く途中なの? アルはどこ?」

いまだ旅を続けてると思っている彼女を、俺は「ちょっとね」と肩をすくめて誤魔化す。

「実は、今回は俺だけ。ちょっと人探しなんだけどさ……」

そう切り出して大佐を見かけなかったか聞こうとした途端、ああ! と合点のいった顔で。

「マスタング大佐ね」

「知ってるのか?」

「ええ、確か一週間くらい前に姿を見かけたわ。あの山の中腹にある施設に向かったはずよ」

「施設?」

「もともとはレト教の持ち物だった建物なんだけど、確か軍が押収したとか」

「ふぅん」


俺の脳裏に嫌な予感ばかりが浮かぶ。


確か、あの宗教の裏には賢者の石が(偽者だったけど)絡んでた。

(焔の錬金術師の大佐が呼ばれたってことは、そっち関係の可能性も高いわけだ)

まさか残党がヘンな事仕掛けたんじゃないだろうな。

レト教を…と言うかあの教主を信じきった人々を相手に、散々苦労した思い出が脳裏をよぎる。


「やっぱ、ここは俺の出番かねぇ」

ふぅと一息はくと鞄を持ち上げ、ロゼに施設への道を聞く。

「あの丘から一本道で……あ、だけどね、エド」

「ああ、大丈夫。そこまでわかればテキトーに用心していくから」

何か言いたげなロゼの表情に気付いたが、既に俺の心にはその場所に向かう事しかなかった。




「う、わー」

ロゼの言ったとおり一本道は山にと続き、どんどん細く頼りなくなっていった。

そんで、しかも今俺の目の前には、ご丁寧に細いつり橋まであるときたもんだ。

「これ、落ちたらおしまいじゃん」

この渓谷を渡るには他に道はない気配。

「ううう、できればご遠慮したいな」

一歩踏み出すとギシギシと軋む音がする。真ん中辺りは風が吹きぬけるのかゆらゆらと揺れて。

「ア、アルが…いなくてよかったかも」

鎧姿のときはもちろん、

あっという間にすっかり自分より逞しくなった弟がいたら危なかったかも知れない。


あとにして思えば、俺はここで疑問に思うべきだったんだ。

それなら何で大佐は大丈夫だったのかと。


中尉の言葉もロゼの言葉もしっかり聞いとけばよかったんだ。


だけどその時の俺の頭には、大佐を助けに行く事しかなかった。




それに気付いたのは木々の向こうに建物の古びた屋根が見え始めた頃。

(あの……音?)

何かが打ち砕かれるような、壊されるような音が建物の裏手から聞こえてくる。

(誰か居る)

ざっと見渡したかぎりそれ以外に誰から潜んでいる気配はなく、居るとしても建物の中だろう。

(なんだ? もしかして大佐の身に何か……)

逃げようと足掻いて捕まり拷問とか、嫌な予感ばかりが駆け巡る。

(まだ気付かれてないな。よし、それなら)

不意を付いて錬成攻撃すればひとりでも助けられるかもしれない。

俺は鞄を近くの茂みに隠すと、足音を忍ばせて小走りに裏手にと急いだ。

そして。


俺が何とか汗だくになって(半分以上嫌な汗だけど)その建物に着いたとき

目にしたのは信じられない、否、信じたくも無い光景。



「た、いさ……?」

「おや、鋼の。思ったより遅かったな」

きょとんと、というか呆然とする俺の目の前には、にっこり笑うロイ・マスタング。


しかも上半身裸。

しかも、汗。


って言うか、その手に持ってる斧はなんでしょうか。

はっきりくっきり健康薪割り青年(なんだそれ)みたいな。労働の爽やかな汗〜みたいな。



「あ、あ、ああああ、あんあんあんた…」

「いや、アンアン言うのはまだ早いだろう」

ぶつっ!

目の奥の方でなんかがぶちぎれる音がした。


「てっっめぇ、こんなトコで何をのんきに過ごしてやがる!!」


「なにを、って……私は軍の保養施設で休養中だが?」

「はああああぁ???」

くすくすと笑われて、

俺はここに至るまでの全てがこの男の策略だったのだと……気付いた。


<4>

「ばっかじゃねぇの」


すっかりとっぷりと暮れた夜。

さっき大佐が割っていた薪で沸かしたお湯を使わせてもらい、さっぱりとした俺は

二人にはやや大きめのキッチンで向かい合って紅茶を飲んでいた。

もちろん目の前にはこちらもさっぱりとした黒髪の男。

いつもと違いラフな服装はそれでも、悔しいかなこいつを見劣りさせる事は無くて。

「それはそのままお返ししたいね。どこをどう取ればテロ組織に私が捕まるなどと」

あああ、確かにこんなコずるいヤツが大人しく捕まってるわけ無かったよ。

くそおおおぉ、俺のあの悩んだ夜を返せ!

……と、怒るのも心配してたと認めるようで悔しいから言わないけどな。



要するに、ロイの目的は最初からここで過ごす休暇。

それは当然軍の人は皆知ってる事実だった。


「でも中尉は連絡が取れなくて困ったって……」

「ああ、そういえばここのところ深夜に落雷や激しい雨が多くてね。

 そういえば先日から電話が鳴らないと思っていたら不通になっていたのか」

つまり、あれは定時連絡および報告が出来なくて困ってたってコトらしく。


「レト教の建物を軍が押収って」

「信者の修行施設だったらしいのだが、このまま打ち捨てるのももったいないという話になってね」

つまりは軍の保養施設として使えるかどうかのお試しなのだと言う。


「それなら、君がセントラルで人目を気にしてたのはわかってたから、

 ここでのんびりハネムーンと言うのもいいかと思ったわけだよ」

「何がハネムーンだよ」

どこの世界に花嫁を置き去りにしてくハネムーンがあるって言うんだ。

ぶつぶつと呟けばにやりと笑って。

「でもこうしてちゃんと来てくれたじゃないか」

「そ、それは…中尉が……」

「うん。連絡が取れないと聞いて心配してくれたんだろう? 

 あんなに血相変えた君が見れるとは正直思ってなかったからね」

嬉しいよ、と臆面もなく言われ俺は言葉を失った。



あああ、もう。

だからこの男はなんだってこう、するっと、んな科白言えるんだよ。


計算高いくせに子供みたいな顔で喜んだりするから性質が悪い。



俺がそんな風にジタバタ考え込んでる間に、

当の大人は言葉よりもするりとその位置を俺の傍に移動させていて。

つまりは、ふと顔を上げれば至近距離という、えらく危険な射程距離。


「ぅおあっ!」

素っ頓狂な悲鳴。


動じず、変わりつつある部屋の空気を壊さずに大佐はその指を俺の頬に這わせる。

「全く君はいつになっても色っぽくならないね」

「悪かったな!」

ぱしと、顎に落ちる指先をくすぐったくて払い落とせば、わずかに肩をすくめ。

「いやちっとも悪くない。むしろ楽しみが増えたくらいだよ」

含みのありすぎる科白に頬が染まるのがわかった。ううう、くやしい。

「そう、そんな風にいくらでも染めてあげよう」


ぎゃあああああああ、やめてくれ!!

俺の中の色恋沙汰のキャパが大きく溢れてメーター振り切ってるから!


「……ん、なこと…」


なに言ってんの? なに言ってんの、おれ。

っていうか、その声はいったいどの辺りから出てるんだよ、自分!


「ほら、また染まった。可愛いね」

ほらみろ、どんどん調子付いてるじゃないか。ああ、もう、俺、馬鹿かよ。


頭の中で必死で叫ぶ俺が居るんだけど、身体はもう蛇に睨まれた蛙つーか、なんつーか。



自分の意志がここまで裏切る事実を俺はここ数週間で身をもって知ってしまった。

なんとなれば。


ちゅ。

いきなり間近で聞こえる軽い破裂音。


(うわあああああああ、逃げろよ、おれっ!)


ちゅ、ちゅ。


唇に何度も落とされる熱。

理性では逃げなくちゃとわかっているのに、その心地よさを教え込まれてる体は素直で。

(やばい、やばい、やばいって、これ!)

唇をついばまれ舌先を甘噛みされ、くったりと腕から力が抜ける。


……それがどんどん深くなり、次の段階に移るのにそう時間は必要なかった。







翌朝。

そう、暗転後、朝チュンってやつだよ、ちくしょう。


俺は大きなベッドの上でがっくりと肩を落とし

隣ですうすうと寝息を立てている黒髪の男を凝視していた。

「はああぁ……」


駄目じゃん、全然。駄目じゃん。

結局昨夜はあいつの思うがまま、あんなやこんなやそんな……


(って、思い出すな、俺!)

ぶんぶんと頭を振って雑念を払う。


おきてしまったことは仕方ない。

しかし、ロイ(名前で呼べとそりゃ、昨夜は……って違う違う)の

目論見がわかったからには、こんなところに長居は無用だ。

はっきりくっきり二人っきりの状態じゃ、

今後いったいどんな無体がまっているかわかったもんじゃないし。

(ハネムーンなんて、やってられっかよ)


だいたい、女になってこのかた、プロポーズも式も……初…うにゃむにゃ…も、

どう考えてもだまし討ちと言うか流されてしまってる。

このままずるずるとコイツの奥さんなんてことになってしまっていいのか?

(いや、もうなってるんだけど。心情として、だな)


「それは、やっぱり……違うだろ?」

心でこぶしを握るとベッドから軋む身体を無理やり剥がし、バッグの締まってある戸棚に向かう。


どうでもいいから一回落ち着いて自分のおかれた状況を考えないと、

なんだかこのまま取り返しが付かない事になる気がするから。


なのに。




「ああ、鋼の。つり橋は落ちてるぞ」

寝てると思った人物からいきなりの情報。

「へ?」

「昨夜遅く、君が感じすぎて気を失ってる間に落雷があってね」

ちょとまて、それはいったい。

「見事、橋に命中。つり橋は……」

どぼん、と指を下に向けて状況説明してくる。

「うそ」

「いや事実だよ」

あとで一緒に確かめに言ってもいいが、と言われ真実なんだと悟る。


(あの高さと距離じゃ……錬成って訳にもいかない、か)

遠い昔、嵐の夜流された橋を錬成できなかった記憶が俺を縛り付けた。



「え、ええーと。それじゃ……おれ、たち……」

「うん、見事に陸の孤島と言うヤツだな」

「え」

「まぁ、幸い食料と飲み水は充分あるから生きていくのには困らないし」

「ええっ!?」

「だからしばらくは二人きりだぞ」

いいハネムーンになりそうじゃないか、そろそろ覚悟を決めたまえと微笑まれ、

俺はシーツを引きずった格好のまま、床にへたり込んでいた。





一週間後。


施設の全部のベッドの硬さを(強引に)体験させられた俺は、

よろよろとロイに抱きかかえられる様な格好で山を降りた。



直したつり橋の綱にまるで焼ききったような痕があったのと、

実は反対側にもう少し遠いが大きめの道が通っている事を知ったのは、

俺がセントラルに戻ってからの事であった。







 

【嵐を呼ぶHoneyMoon 編 END】
(2008.5.2)


WEB拍手で連載の後天性エド子新婚STORYです。
拍手ですから、あくまでRは脳内妄想の範疇で(笑
相変わらずエドで遊ぶのはロイのデフォのようです。



第4話「シアワセなふたりのヒミツ」はWEB拍手に掲載中





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