夕暮れはいつも嫌いだった。

果たせない約束を思い出させるから。

燃えて沈む赤が、自分の手で葬った物を思い出させたから。

 

〜君が帰る処〜


「どうした?」

低く優しい声が背後から聞こえる。

不意に立ち止まった子供を心配して。



「なんでもねぇ」

金の髪の少年はそっけなく答えるけれど、震える声は隠し切れず。

振り返りもしないその横顔は夕焼けに赤く染まり

ああ、綺麗だと男の口から呟きが漏れた。

「そう?俺は…あんまり、好きじゃねぇけど…」

カン違いした台詞を訂正する事もなく「そうかい?」と深い声が呟く。

「私は、大好きだよ」

含みある響きに言わんとすることを察したか、

エドは戸惑いの表情をうかべ隣に立つ黒髪の男をみやった。

青い軍服は赤い光を浴び眼前の暮れ行く空のさまで。

「趣味…悪りぃの」

「そうかな」

呟くような拗ねた響きにロイはかすかに笑う。

すれ違ったまま、それでもどこか真意を含んだ会話に。



真直ぐに落ちていく陽を見つめる少年の、金の髪に朱が照り映えて

焔を映すようだと思った刹那、言葉が滑り落ちていた。

「…燃えてるみたいに、見える」

びくん、と瞬間震えた小さな肩に失言を知るが、もう遅くて。


いつもなら噛み付いてくるこの相手が黙り込んだのが抱える傷の深さを思わせ、

何か口を開く前にと、踵を返す。

「さて…と、そろそろここを出ないと最終列車にも遅れてしまうかな」



いっそ遅れてどこかで二人きり、

この頑なな子供の声を聞きたいと唆す自分も居たが、それは出来ぬ相談。




「……そ、だな。アンタと一泊なんて、アルにどやされちまう」

「それ以前に私は中尉の銃で蜂の巣だな」

返された言葉に、戻ってきた心に幾分安堵しながら軽口を叩けば

蜂の巣にされそうな事する気かと、くすくす笑う。

「それはね。…私も聖人君子ではないから」

ともに過ごす時間が限られた恋人との一夜に、手を出さない自信などない。

そう、ロイがさらりと返せば

「ばぁか」 と突き放すように呟く、その頬の赤味は夕焼けのそれではなくて。

ああ、愛しいなと、不意に湧き上がる恋情に苦笑する、

まるでがむしゃらな初恋のような自分に。



エドが東部の外れの軍の施設に資料を探しに行くといった時、

らしくなく同行を申し出たのはロイ・マスタングその人で。

確かに大佐自らが出向けば、どんな相手でも資料を閲覧させぬわけにはいくまい、

それが年端も行かぬ子供であろうと。

銀時計の効果は判ってはいたが、

それ以前に一般の軍人の国家錬金術師への反応もよく知っていたから。

だが、その申し出に私情が混じっているのは直属の部下なら誰でも知るところ。

だからこそきちんと連れ帰らねばならないのだ。いささか残念な事には。



そこまでして傍に居たいと望む相手など初めてで。

だからこそゆっくりと関係を育ててきたのだ。そう、3年もの時間をかけて。

(いまさら、あせる必要など…ないだろう?)

考え込んだ風情で隣をあるく少年に、ロイは静かに視線を落としことさら穏やかに声を掛ける。

「…いくか」

ただ長く伸びる影を辿るように、あとは無言で。ふたり。









列車は最終という事もあり人もまばらで、

幾つかの駅を越えたころには、車内に残るのはロイとエドだけとなった。

乗り込んで映る窓の景色を眺め、

他愛無いいくばくかの会話を交わした後は、どちらともなく黙り込み。

居心地の悪くない沈黙に、これまで二人で過ごしてきた時間を思う。




(三年…か)

大人と子供の時間は長さが違う。

生まれた赤子が立って喋るようになる程の時間は

毎日を閉じた螺旋のような流れで生きている大人には一瞬の事に過ぎず。


向かいに座る少年の、

恋人になる程度には長く、心を全て明かされるまでには短い。





そんなことを考え込んでいる自分を、エドがこそり盗み見ているなど

ロイには思いもよらぬことで。

ましてやその表情に何を読み取ったのかなど、知る術もなかった。









「………燃えてるみたい、なんて…言うから」

ぼそりと、線路の軋みに消されそうな程小さな声で呟かれたその言葉は、

それでもきちんとロイの鼓膜に届いて。

視線を上げることで続きを促せば、ぽつりとまた言の葉が零れる。

「別に…アンタに怒ったわけじゃないんだ」

「そうか……」

問いかけるでもなくただ相槌を打てば伏目がちの金の瞳が車窓へと流れ、

走る夜の闇で鏡となったそれに互いの姿を確認する。

視線が闇のガラス越し絡んで、流れる夜に溶け込んでいく。




「…嫌い、だったから…」

「夕焼けが、か?」

静かに声を重ねればこくんと小さく頭が動く。

「俺、さ…」

「言いたくなければ言わなくてもいいんだよ、鋼の」

別に怒っている訳でもないのだからと笑えば、腰を折るなとばかり睨まれて。

それならばと、ロイは黙ってエドの瞳を受け止めるばかり。



「俺、家、焼いたの…知ってるよな」


帰る場所をこの手で無くして、旅に出た日。




「だけど、時々思うんだ。アルは…ほんとに焼きたかったのかって」

自分の決意のために、弟の帰る場所まで取り上げてしまったのではないかと。

「いつだって、俺が決めて…アルは最後、同意してくれて…」

母の時だってそれで間違ってしまったというのに。

「家取り上げて、連れまわして……なんの成果も見出せないままで、さ」

(だから『嫌い』、か…)

まるで懺悔のような一人語りを、遮ることなくロイは頷くだけで。

「だから…夕日は苦手だったんだ。急かされるみたいで…」

「自分の罪を、思い出す…か」

ロイの言葉にエドは弾かれたように瞳を上げる。確認だけでない、その響きに。


「な、んで…?」

「私も同じ思いだったからな」

苦笑する口元。イシュバールの事だと思い至る。

「家も、人も…空も燃えた。あの色はもう見たくないと思ったよ」

「ごめ…」

謝ろうとするエドを視線で制してロイは言葉を続けた。

「…だが、そのうちに慣れた。人がどう足掻こうと空は回り、何度でも夕暮れは訪れる」



それは大人の勝手な自己弁護かもしれない。

それでも確かにそうやって人は生きていくのだと。生きていくしかないのだと。







あと、と少し悪戯な顔になりロイは再び口を開く。


「君に出会ってからは、夕暮れの色も悪くないと思うようになったよ、鋼の」




何を言い出したのかと小首を傾げて見せれば、人の悪い笑みを浮かべる唇。

「金に染まる陽、赤く萌える空、そして訪れる夜の闇…」

誰かさんの色と同じじゃないかね、と。

「ばっ…!」

「ほら、その染まる頬までそっくりだ」

クスクスと笑われエドはぷいと横を向く。

「ばっかじゃねぇの」 落とす声はそれでもわずか綻んで。






「3年、か」

「なにが?」

突然変わった話題にエドは少しばかりの安堵と落胆を感じる。

「君が、自分の話をしてくれるまでにかかった時間」

「今までだって散々話したじゃん」

「私が聞けばね」

君自身からの言葉を待っていたんだよ、そう微笑まれエドはまたそっぽを向いてしまう。

どうしてこの男は恥ずかしげもなく、こう。



だから。

エドは心でこっそりと呟く。

これ以上話すとなんだか喋ってしまいそうだから、狸寝入りを決め込んで。




今は教えてやらない。

何故、自分が夕焼けを嫌い『だった』といったのか。

何故、それでも見つめれるようになったのか。




誰かの焔の色を思い出すから、なんて。

だから今は…。










「鋼の? 眠ったのかい…?」

言葉に応えはなく。

列車はただ静かに夜を走り抜けていく。





帰る処は、場所ではなく…人なのだと、伝えきれない男を乗せて。

END  (2007.3.26)

長くかかったのに消化不良ですよ…_| ̄|●
とにかく、ロイとエドの出会って三年の頃が書きたかったんです。
が、見事に玉砕。難しいなぁ…。

雰囲気だけでも感じていただければ嬉しいです。

 

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