「あー……俺って、バカかも」

閉ざされた玄関ドアの前で俺はずるりと座り込んだ。



何も考えずダッシュで到着したお目当てのマンション、で。

勢い込んで鳴らしたチャイムに返ってきたのは耳が痛くなるほどの沈黙。

しばらく待ったが埒も明かず、帰宅した住人の後ろについて入り込む。

当然の顔をして。

これって無断進入だよなと思いつつ、それでももう帰る気なんてなかったから。


部屋の前まで言ったところで状況が変わる訳じゃない。留守は留守。


でもまぁ、人目と夜風は凌げるからと、そのまま廊下に座り込む。

ここまで来たら絶対顔を見て文句の一つも言ってやろうと心に決めて。





そして更に数時間。

体がすっかり冷え切った頃に、ようやくエレベーターがこのフロアに止まった。





「エドワー……ド?」

「おっかえり、………遅せーよ」



自分の姿を認め怪訝な表情をしているうちにとりあえず先制攻撃をかける。

まるで一緒に撮影をしていたあの時のままに。

そうでもしないと泣き出してしまいそうな気分。呼ばれた名前の響きまで嬉しい。



膝を抱え込み座っていた足は寒さで痺れて上手く立てそうにないから、

下から憮然と見上げてやる。



と、驚きの次に浮かんだのはいつもの余裕の笑みで。

「私に返すCDがあるそうだが、ちゃんと持ってきているのかな?」

「なに? 聞いてたのにシカトしてたわけ?」

「こちらも色々と忙しくてね」

淡々と交わす会話。ああもう、こんな事、言いたいんじゃないのに。




「さて、少しどいてくれないかな。鍵が開けられない」

「無理」

「は?」

「寒くて、体痺れてんだよ……」

だから立てないと言おうとした矢先、俺の体がふわりと浮いた。


「いったい、いつからここに居たんだ……バカか、君は!」


抱き上げられ残った片手で乱暴に鍵を開ける。

靴すらそのままの勢いで部屋に運ばれたとわかったのは、それから少し後のこと。




「まったく、君は自分が主役を張っている役者だという自覚があるのか?」

「…………う」


部屋に入るや否や熱いシャワーに叩き込まれ、

のぼせそうなほど温まってから出たリビングで

今度は暖かい紅茶を片手に説教を受ける。


ちなみに服はそのまま着てきたやつ。だってロイのじゃ俺には大きすぎるから。

見た目だけでもこれ以上子供っぽくならないよう、謹んで遠慮させてもらった。




「アンタが……ンなに遅いなんて思わなかっ……」

「相手を訪問する時はスケジュール確認とアポ取りくらい常識だろう」

言われてることは正論だけど、なんか腹が立つ。

こっちからの連絡を無視してたのはどいつだよ。

「スケジュールくらい聞いてる。明日はオフだろ? だから、俺」

「その予定だったけどね。今夜の稽古が押して午後出」

「……嘘」

軽く肩を竦められて本当だと知る。でもいまさら引くことなんて出来ないし。

「だって! アンタ……約束なんて絶対させてくんないと思ったから!」

「……なにを……」

一瞬だけ目を伏せるのは戸惑った時のロイの癖。

「ほら、やっぱり。俺に会う気なんて、なかっただろ?!」



言ってて悲しくなる。

こんなに会いたいと寂しがってたのは自分だけなのか?


ロイにとって、FAなんて、その程度のドラマだった?

(違う……そうじゃない)



俺、が、悲しいんだ。切り捨てられたようで。





ロイは黙り込む俺を横目で見ると「失敬」と席を立った。

カラン…と、聞こえてくる涼やかな音。どうやらウィスキーでも注いでる気配。


呆れられたかな。

でも、これ以上どうしたら良いのかわからない。



「まあいい。来てしまったものは仕方ない。……で、何の用かね?」

ゆっくりとした足取りで近づきながら、穏やかな声が聞いてくる。

大好きな声。

なのに今はどこか怖い響きで。



「あ、うん。……あ、あの、さ。なんで辞めたのかと思って……『大佐』」

もうこれ以上取り繕う余裕なんてなくて、直球を投げる。

一番知りたかったこと。



「舞台があった。役がなかった。それだけのことだ」




ざっくり言われて胸が痛む。

「何だ、君。そんなことでわざわざ来た……」

「そんなこと、じゃない!」

思わず吐き出した声に自分で驚く。




「少なくとも俺にとって、アンタと作ってきたFAは……そんなもんじゃないんだ」



「だから私にも同じように惜しめと? わがままな子供だな」

冷静な……いっそ冷静すぎる声。ゆがむ口元。


(あ!)

直感が告げる。嘘だ。




「うそつき」

「なにを……」

苦笑しようとする男の目元が影で揺れる。



「忘れてた、アンタ嘘つきなんだった。

俺がどれだけアンタの演技見てきたと思ってんの?」

詰め寄れば、ロイの手元で揺れたグラスから、

琥珀色の液体が僅かに零れ俺の服を濡らした。






「……そうだよ、俺、知ってるもん」

この男がどれだけ真摯にFAに取り組んできたか。

全てのスタッフと話し、内容や演出まで語り合って、

少しでもいい作品にしようと打ち込んでた。

他の誰よりも色んな事覚えてて、それこそ俺が忘れてるような失敗まで、そんで。



「アンタ、絶対FAの事、好きだよな」

「好きだというだけで仕事が選べれば、何の苦労もないさ」

ため息のように零される言葉。ほんとうのカケラ。


まっすぐに見つめれば、

まるで俺に本音を少しでも告げたのが許せないかのように強い視線。

最初に瞼を伏せたのは、それでもロイのほうだった。



「さ、用がそれだけなら帰りなさい。今タクシーを呼んで……」

「いやだ!」



締め出される。

せっかく少しだけ近づけたと思ったのに。




咄嗟に俺はロイの手にあるグラスをひったくると中身を一気に煽った。

濃いアルコールが喉を焼いて滑り落ちていく。





「…っ、このバカ!」

「バカでいいよ! だって、俺まだ聞いてない、アンタの気持ち」


胃を焼くアルコールの勢いを借りてもう一歩踏み込む。

「舞台とだって両立出来ないわけじゃない。どうして居なくなっちゃうの、俺の前から」


ソファに座るロイにのしかからんばかりに詰め寄って、

俺は溜まっていた思いをぶちまける。



「何で俺ばっかり悔しいんだよ?

アンタ本当に平気なの? 俺は悔しい……寂しい」


声が震えて「ヤバイ」と思った瞬間、ぼたぼたと涙が落ちてロイのシャツを濡らした。

「一緒に、また……つくれるって、俺たちのFAを……なのに」





ううっ、と言葉が詰まったところで、

俺は不意に大きな腕に引き寄せ抱きとめられ……息を呑んだ。

「……まったく、敵わないな。君には」

ぽんぽんとあやすように肩を叩かれる。優しい指先。

俺は更にその胸に顔を埋め、漏れそうな泣き声をかみ殺す。





「確かに、ショックではあったよ、最初は」


自分に言い聞かせるような静かな声。

「だが、監督やマネージャーと話してその理由も納得できた」

「り、ゆうって?」

「君のため、俺のため……というところか」




ロイはこの役が余りに当たったため、

同じような役のオファーしか来なくなっていたのだという。

固定化されるのはまだ早い、というのが事務所の考えだった。



「ちょうど舞台の主役の話も回ってきていたしね」

一度原点に返って俳優としての自分を見直そうと思ったのだという。

「……それじゃ、俺は?」



自分だって駆け出しで、それこそFAくらいしか認知度はないだろうに。


「君の場合は、まだあの現場から吸収すべきものが多いから」

「でも、俺、……ロイからもっと教わりたかったよ」

「ああ、それも問題だったな」

震える声から苦笑交じりなのがわかって顔を上げる。絡む視線。




「君が俺に傾倒しすぎてる」




「なにそれ!?」

「そんなに怒鳴るんじゃないよ、『鋼の』」

不意打ちで役名で呼ばれ、ぐっと言葉に詰まる。うう、卑怯者。



赤く染まってる頬は、きっとさっき飲んだウィスキーの所為。

だってくらくらするし。





「とまぁ、言い出せば色々あるんだが……少しは納得できたかい?」

「う、う……理性ではYesだけど、感情ではNo……かな」

抱きしめられて伝わってくる体温に、状況は何も変わっていないのに安心してしまう。

「俺がアンタに影響されすぎるのがまずかったの? 俺の所為?」

「いや、違うよ。君は君の形にまだ伸びれるということだ、エドワード」

「それって、俺がもっとちゃんとした役者になったら、またアンタと一緒にやれるって事?」



それなら頑張れる。

これが終わりじゃない、始まりだとするなら。



返事の代わりのようにトントンとリズムを刻んで叩かれる背中。



なんだろう。

今までだって撮影で、いくらでもこんな風に近くに居たのに、

今夜はものすごく、どきどきして苦しくて、……でも嬉しい。


その時、天啓のようにある感情が俺の中に閃いた。


(ああ、そうか……おれは……)




「なぁ、俺また、アンタ…に、会いに来て……いい?」

「……来る前には連絡しなさい。今日のような事がまたあっては堪らない」

「だって、連、絡先……知らない、し……」

「わかった。携帯を教えておくよ」

「ほ、ん……と?」


ふっと気を緩ませた途端アルコールと睡眠不足が大波のように襲ってきた。

(あ、きもちいい……でも、まだ、まだ俺、言わなきゃ……)




「あの、さ……おれ、アンタの、こと……好……」


ああもう、だめだ。きもちいい。

思った次の瞬間、俺の意識は暖かい闇に落ちていった。







だから、俺は知らなかった。

腕の中で眠りについた俺をどんな表情でロイが見てたかとか。

そっと耳元で小さく呟いた一言とか。



………全然知らなかったんだ。


■ ■ ■


「うううぅ〜、頭イタイ……」



翌朝、というか昼。

案の定ガンガンと痛む頭と二日酔いの胃腸を抱え、俺はロイのベッドでヘタっていた。



部屋の主は、仕事に出かけたらしく、テーブルの上に殴り書きのメモが残されている。


『もし帰るなら、鍵はポストに』

それだけの言葉が、なんだか嬉しい。



「っていうか、『もし』なんて言われたら俺、帰んねぇよ?」



ぐったりと体を横たえながら、それでも心だけはなんだか明るい。




だって、俺は気づいてしまったから。



なんで、あんなに会いたかったか。

なんで、あんなに寂しかったか。

(やっべぇ、俺、そういう趣味ないと思ってたのになぁ……)





そう、俺はきっと、ロイの事が好きなんだ。

こんなことがなければ気づかなかった想い。




(まぁ、相手にもされてない感じだけどさ)


でも、まだチャンスがないわけじゃない……と思う。

これから俺が並べるくらいいい役者になって、いい男になって。

そんで、絶対、ロイの事つかまえてみせる。





「もう、雛鳥なんていわせねぇからな」

俺はそう呟くと、ロイの香りのベッドでもう一度深い眠りについた。






目覚めたらまたひとつ、恋しい人に近づける力を蓄えるために。




そんなわけで、エドの初恋自覚SSでした。
どうせ別れるなら、それが前に繋がればいいなと
そんなこと考えて書いてました。
この後、きっと猛アタックが始まることと思います。
今回、設定をつらつら考えてたら
ドラマ「FA」とかも書きたくなってしまって
ほんとバカだなと実感倍増ですが(笑
ともかくひたすらに自己満足・自己補完な一本でした。
お付き合いくださった方、ありがとうございます。

あと一回、こっそりおまけがつきます。思いついちゃったから(笑
(2009.3.18)





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