〔 After Talk 〕

 

ブブブブブ………。

助手席で携帯が微かな着信音とともに振動する。

『ワルキューレ』は仕事用のナンバーだ。




「やれやれ」

ロイ・マスタングは発信させたばかりのボルボを滑らかな動きで側道に停止させると

素早く手を携帯にと伸ばした。

チャンスの女神は前髪しかないとはよく言ったもので、

仕事関係の連絡は一瞬の油断が命取りになることを彼は良く知っていたから。




「はい、マスタング」

「手は出してないでしょうね」

挨拶も無しでの開口一番の科白に電話の相手を理解する。




「………やはり寄こしたのは君か、リザ」


自分のマンションに直接来たあたりそんな予感はしていたが、

いったいどういう風の吹き回しだと、ロイは嫌味半分口を開く。




「エドワード・エルリックに関わるなと、言ってきたのはそちらだと思ったが?」



一瞬の沈黙に相手の不本意さを読み取り、黒髪の男は見えない電話口で唇を上げる。

「仕方ないでしょう。あの調子で怪我をされても困るし」


やはりそんな理由か。


「それなら安心したまえ。あの子ならまだ、ベッドですやすやお休み中だよ」

「ベッドって……あなた、まさか……!」

一際強くなる口調。くすくすと笑うと「バカらしい」と言葉を落とす。

「私の好みは、君のほうが良く知っていると思うがね」

「私が知っているのは父の劇団に居た頃のあなたよ。

 ……しかも当時からろくでなしだったわ」

「酷いな、その後ずいぶん丸くなったと自負しているんだが」




軽口を交わしながらロイはちらりと時計を見る。

そろそろ移動しないと稽古に遅れてしまうかもしれない。

だが、このやり取りには監督の繰言よりも大事な意味がある。



「ま、そんな話はともかく、エドの事に関しては潔白だから」

来て、言いたいことだけ言って納得して眠ってしまったよ…と、告げれば

安堵の息が漏れるのが聞こえた。




「前も思ったが、ずいぶん大事にしているんだな」


「前も言ったと思うけど、あの子は10年……いえ50年に一度の逸材だわ。

 くだらない男の餌食はもちろん、恋愛沙汰に巻き込んでる暇はないの」




かつてスターメイカーとして名を馳せ、引退して尚、業界に影響力のある男を

祖父に持つリザの審美眼は定評のあるところだ。


もちろん、そこまで言わせるエドの才能の片鱗はロイも認めている。

だからこそ、らしくなく育てるような関わり方をしてしまったのだ。

(それが……こんな事になるとは思いもよらなかったが……)





「恋愛は人を育てる、は、君の父上の持論だったと思うけどね」

「時期と相手によるわ」

きっぱりと言い切られロイは楽しげに声を立てて笑う。相変わらず物言いに遠慮がない。


「それは時期が来れば、チャンスがあると取っても?」

「相手にも……と、いったでしょう?」

「ああ、でもどうやらあの子は私がお気に入りのようだよ」

うっかりと昨夜のしどけない様子を思い出し、優しい笑みが浮かぶ。

「そう仕向けたくせに、よく言うわね」

「失敬だな。そのつもりなら、とっくにいただいてる」

「その言葉を信じるわ、これからもね」

欠片も思ってない口調でしっかりと釘をさしてくるリザに、ロイも『誠実に』答える。

狐と狸の化かしあい。長引かせてはこちらが不利になる。そろそろ潮時だろう

「それは良かった。じゃ、そろそろ切らせてもらうよ。移動の時間だ」

「忙しい時間にごめんなさい。それじゃ」





軽い音とともに切れた携帯を助手席に投げ出し、ロイはやれやれと息を吐いた。

「信用ないこと、この上ないな」



今回、ドラマの話が持ち上がった時、STLから入った横槍。

交換条件はある舞台の主役。



そこまでしてと初めは反発したが、どうせなら恩を売るべきかと素直に従っておいた。

その裏にエドワードは納得すまいという読みももちろんあったのだが。

が。


「あそこまで素直に出られると……困るものだな」

らしくなく弱気な笑みが零れる。

それほどに。

眠りに落ちる前にエドが言いかけた言葉は、心と理性を揺らすのに充分な威力を持っていて。





今までの穏やかな関係を動かしたくなっていたのは事実だが、

まさか、あの子の中で一気に恋心の自覚まで進むとは予想外だった。



「少しばかり、やり方を修正しなくてはならないようだな」




大切な愛しい子供。

与えたいのは両手一杯の不安と、それを覆い尽くすほどの安心と………。



「とりあえず……こちらから見えるように仕掛けるのは厳しい、と」



今日の電話で事務所やリザのガードはもっと固くなったことだろう。

この手に摘み取るのは容易い。あんな世間知らずの子供。

だが、自分が欲しいのは、そんな軽いレベルではないとわかった。


「苦しめても絶望させず、傷つくことで深くなり、成就することで成長する……か」

かつての恩師である男の言葉を呟くと、口元だけで笑ってみせる。



「難解この上ない。そのうえ障壁は高い……と、きている。

 まったく……おまえの所為で一世一代の演技力を試されそうだよ、エドワード」

だがそれも悪くない、と心で嘯くと、黒髪の青年は静かにクルマのキーを回した。





街並みを流れ行く景色は、昨日までと違う色を宿し始めていた。


THE END  



エド一人称にしていたんで書けなかった
ロイサイドの事情を「おまけ」にしてみました。
とりあえず、一気に思いついた話はこんな感じで。
これからエドとロイの両想いだけど片思いな
駆け引きがきっと色々あることでしょう(笑

別れが次に続く道ならいいなというただの妄想でした。はい。
(2009.3.24)





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