「自分の事なのに『知らない』のかい?」
すねてるのはすぐにわかったけれど、今日はロイだってそう簡単に許してやる気はなかった。
なにより自分に隠れて魔界に戻ったというのが気に入らない。
元々気まぐれな魔物との他愛無い駆け引きのはずだった。
愛してるといいながら、それでもいつか終わる感情だと割り切り、必要以上の執着などしないつもりだった。
それなのに、この金の魔物にはそれが通用しない。ただ囚われていく自分を感じる。
魔使いが魔族に心奪われるなど本末転倒。
だがそれも一興と開き直った矢先のエドの行為はロイには手ひどい裏切りに近く。
(くそ……っ!)
もてあます感情のまま、壁と背中の間で動いてる羽根の先を掴み、ぐりっとひねる。
「いっ…!」
痛みとすれすれの快感に襲われ、エドの口からうめき声が漏れた。
「それに……こんな風に羽根を出したままで外出など、無用心だな」
淡々と告げながら、ロイは羽根の薄い部分を爪で引っかくように刺激する。
羽根と尻尾はインキュバスの性的な弱点だ。
案の定、持ち上げられたままのエドの足がちいさく痙攣する。
「だっ……だ、って…ちゃんと、帰れた、し……」
「どこから?」
「言……いたく、なっ……あ、ああっ…!」
今度はきゅと付け根を捻られて、甲高い悲鳴が上がった。目じりに涙がにじむ。
(絶対知ってるくせに、どうしてそんな風に言わせたがるんだよ)
悔しくて。
(ロイだって……俺に、内緒に、してたくせに)
そりゃ自分はインキュバスで魔界のものだから信じてもらえないのも仕方ない。
お互い上手に騙しあうのが魔物と人間の関係だから。でも。
「いけない子だな。それじゃ、少し正直になれるようにしてあげようか」
にっこりと楽しそうに笑うロイが知らない人みたいで、怖い。
いままでじぶんがみてたのは、だれ?
怯えに曇るエドの瞳を楽しそうに見つめると、ロイは再びあの本を手に取った。
「そんなに罰が受けたかったとは……意外だったよ、エドワード」
ぱらぱらと無造作にページを繰りながら、唇をかむエドを静か過ぎる瞳で見つめる。
「ああ、これがいい」
にっこりと笑うと、ロイは小さく唇を動かした。零れ出るのは、人には出せぬはずの魔界の音節。
「……え?」
「わかるかい?」
口元だけに浮かぶ笑いに、聞き間違いでないと知る。
それは、魔界の際に生息する…魔物を捕食する植物の名前。
「うそっ……や、だ……」
絡め取られて体液を吸われゆっくり獲物は死んでいく。その亡骸を苗床にソレは増えていくのだと聞いた。
死してなお開放されない恐怖がエドの背筋を寒くする。
「ああ、大丈夫だ。殺しはしないよ」
表情からエドの考えを察したかそう告げると、男は笑いながら掌を本の表紙に乗せた。
と、微かなオーラが立ち上り、本とロイを薄く包み込む。朝の光にたゆとう霧のように。
(………あ…? 綺麗……)
全身を淡い光に包まれたようなロイを目の前にして、エドは状況も忘れ見入ってしまう。
だが、その思いもするすると一際濃い煙が立ち昇り始めるまで。
白いはずの煙が次第に毒々しい緑を帯びてくると長い蔓を持った茂みの形になり………霧散した。
「あ!?」
「ああ、そうか。すっかり忘れていたな」
ロイがうっかりしていたといわんばかりに肩をすくめる。
(なんだろう、もしかして……枯れたとか。…召喚出来なかった、とか?)
エドがふっと気を抜いた途端、天井からぼたぼたと千切れた蔓が、身動きひとつ取れないエドの上に落ちてきた。
「なっ……? や、やだぁっ!」
突然、大人の指サイズの蠢く緑が貼り付き、這い回り始める。腕や肩、そして持ちあげられた足にと。
「子供の頃、興味半分で呼び出してしまってね。暴れ始めたものだからバラバラに壊したんだったよ」
ロイの言葉が信じられない。この植物を『壊した』?
(しかもこどもの……ころ、なんて……)
魔貴族クラスでなければあのツタは消せなかったはず。そりゃ人界と魔界では違うのかもだけど、でも。
(うそ、だろ?)
それほどの力を持っていたなど、自分は気づきもしなかった。
上質すぎるエナジーと桁外れの体力、力強いオーラ…、まともな人間じゃないとは思ってたけど。
「…ロイ、あんたって……あ? ……っ! あ、ああっ、ん、んんぅ…」
問いかけようとした刹那、襟元からするんと入り込んだツタの指がエドの胸へとじりじり進み始めた。
「あ、あ、ああっ。や、やだ」
足元からは、ズボンの裾から忍び込んだ数本が競うように膝裏へ腿へと這い上がる。
「ひ、あ……や、ああ…ぅんっ……あ、ああっ…」
いちどきに上と下から侵略を開始された魔物の喉から甘い悲鳴が上がった。
ぴったりとした布はエドの肌を侵食するツタたちの動きを目からも届けて。
「や、やだぁ……あ、ああっ、ど、どこ…にっ」
「知っているだろ? そいつらがなにを食べるのか」
言葉にぞくりと背筋が震える。
淫魔、の、体液。
「そ、そんなの、やだっ! ……ふ、ぁ…あ、ああっ、だ、め……そ、こ、やっ…」
拒絶する声の端から敏感な場所に触れられ溶けそうな声に変わる。
迷うことなくエドの蜜が溢れる場所にと纏わりつく千切れた茎や蔓は、
それぞれが意思あるものとなって我先にとエド自身を刺激し始めた。
それはあたかも何人もの手や指に犯されているようで。
なのにその冷たさが、異形のものである事を忘れさせてくれない。
「や、やっ…や、だぁ、っあ、あ、…あ! は、はぁ、んん、ん」
びくびくと簡単に放ってしまうのは、馴らされすぎた躯ゆえ。でも。
「どうした? 楽しめばいい、インキュバス」
「うっ…、う、だ、って……ああ、あ……はぁ、はっ」
冷ややかな言葉が痛い。
どんな性行為も楽しんでしまうのが淫魔の性。
この植物に絡めとられたら、喜悦の責め苦の中で息果てるまで達し続けるしかないのだ。
そこに苦しみはあれど嫌悪は無い。それがインキュバスだ。
(……でも、気持ち、わるい……よ…)
だって、エドは知ってしまったから。
もうその人としか交われないほど、満ち足りたSEXを。
食事だけじゃない、何か。
「や、やだっ! あ、ああ、あ…やめ……」
それでも体は反応しじわじわにじみ出る淫液が蔓たちを喜ばせる。
黒い服が汗で湿って、下でのたうつ千切れた緑を殊更にロイに教えてしまう。
「言葉の割に、いい声で鳴いてるようだけどね」
「ひ、ひど……ぅ、あ、…は、あ、あ、…あっ…!」
ビクンと持ち上げられた足先が跳ねる。
エド自身が再び反応するにつれ、教え込まれた快感を思い出し潤み始める最奥。
その潤液に反応して、幾つかの蔓が蕾を暴こうと動き始めたのだ。
ロイの視線の前で、するすると太いうねりが何本もエドの後ろに移動を始める。
「あ! あっ、いやいや、そ、……そこ、やだぁっ!」
「ほう……そいつらに目をつけられる程、濡れるようになっていたのか。さすがだな」
くっくっと笑うロイにはエドを許そうなどという気配はカケラも無い。
(なんで? ロイ……おれ、やだ、って……)
唇をかみ締め、下腹に力を入れて拒もうとするけど、そんなの無駄な抵抗でしかない。
ずる……と自分の中から音が響くように、蕾をこじ開け一本のツタが内部に入り込むのがわかった。
「いっ! …いや、いや、入らない、で…、や、めろっ! あ、ああ、ひ…ぁ…」
閉じれない足の間から自分の知らない何かがずるずると自分の中に潜り込む。
絶望にも似た快感。
「や、……あ、ああっあ、やめて、やだやだ、やだぁ……」
怯えに乾いた瞳を見開いてエドは絶叫した。
エドの中に全て入り込んだ蔓は、そこここから溢れる体液を吸収しようと縦横無尽に動き回る。
服は乱れてもいないのに肌と粘膜が暴かれ溶かされていく。清涼な淫靡。
「や、や、あ、そこ、や、あ…だして、だして、や、」
別の生物が体内で暴れる嫌悪感にエドは体を揺らす。が。
「なんだ、自分から腰を振るほど気持ちいいのか」
「ち、ちが……っ、あ、ああ、あ…や……く、ぅ」
力が抜けた一瞬に、待ち構えていた二本目がその姿をエドの蕾に滑り込ませる。
入り口では更に数本が開こうとつつき回していて、エドの意識は恐怖と快感で混濁しそうだった。
「さて、そろそろ素直になれるかな?」
ロイははぁはぁと浅い息を繰り返すエドに近づき、そのあごを取った。
「私に黙って、どこにいったんだ?」
「ひゃ、ああっ…」
問いかけと同時に今度は尻尾をぴんと引っ張られて、エドの手からころりと赤い実が転がった。
ずっと無意識に握り締めていた『理由』。人を堕落させた、罪の、実。
「……あ?」
足元に転がってきた林檎にロイの視線が落ちる。
「なんだ、これは?」
いつもなら笑って拾ってくれるのに、カツンと爪先で軽く蹴られて。
「っ!」
転がる林檎を見ていたら胸のあたりが痛くてエドの瞳に大粒の涙が盛り上がってきた。
どんなに責められても潤まなかった金の瞳が、初めて滲んだ。
「ひ、ひどっ……」
怒ってるのはわかるけど、何でそんなに怒ってるのかわからない。
だけど、ロイにと思って探してきた林檎なのに。
「う、ううーっ…」
ぎゅっと瞳を閉じるとぽろぽろと面白いほどに涙が零れ落ちる。
魔物には無いはずの涙。そんなもの覚えたのも、この男に捕まってから。
「ロイ、ひどっ…それ、おれ、それ、さがしっ……ロイ、て…ぅっ…く……」
元々人間ほどに複雑な感情を魔物は持っていない。
惑わしたり浚ったりするけど、それは本能と生存のため。
だから、やっぱり意地を張るつもりでもエドのほうが折れるのは早くて。
「ロイ、のばかっ!」
「ん?」
いきなり泣き出し怒鳴って来たエドに、ロイは小さく眉を顰める。
どうやらこの林檎が鍵らしいとそっと拾い上げながら。
「お、おれっ…が、どこ、なんて……もう、知ってるくせにっ!」
ぐすぐすと涙が頬を濡らすけど、貼り付けられた手では拭いもできない。
「おれっ…ロイに、それ…」
「これを、…私に…?」
どうしたかったんだい、と視線で促されてエドは泣きながら言葉を続ける。
「それっ、魔界の……ロイに、食べさせたくって…だって、ロイ、死んじゃ…ったら…うわああぁん」
何か思い出したのか、子供のように顔をゆがめると大声でしゃくりあげた。
上気した頬や半分開いた唇とは正反対の子供じみた行動が、なぜか余計危うく煽る。
「私に? どうして?」
息の混ざる距離まで近づくと、ロイは頬の涙をなめ上げながら子供の言い訳を促した。
「だって、だって、が…死んじゃ……ら、おれ、おれっ……だって、もうロイ…しか」
エドの話をまとめれば要するに。
自分より先に死んでしまう『人間』のロイに少しでも長く生きてほしくて、
魔界に人を浚ってきた時生かす為に使われるという『生命の林檎』を採ってきたのだという。
「だっ…て、おれ、それしか…しらなっ……」
もっと上級魔になれば幾つか方法があるらしかったが、エドには無理な話で。だったらせめて、と。
「………ばか、だな。おまえは」
「ばか、じゃないっ!」
意味を成さない言葉を根気強く吐かせる間にロイの怒りも不安もどこかに消え、残るのは愛しさばかり。
失うことを怖がっていた自分を、もっと失いたくないと思ってくれていた存在。
「馬鹿だよ。私がおまえを置いてわけないだろう」
「そ、んなの…わかん、なっ…」
「そうだな、すまない」
自分を普通のヒトだと思い込ませていたのは自分なのだ。
どんなに、好きだなんだと言った所で相手は不実な魔物で淫魔。
エドにとって自分はエネルギーを与えてくれる相手だが、それだけで。
正直、過去数々の魔物と渡り合ってきた身としては、そこまで信じ切れていなかったのも事実。
その方が都合がいいと思っていたけど、その為にこの子はそうまで不安だったのか。
「負けた、よ」
ロイがぱちんと指を鳴らすと、エドを襲っていた違和感が全て溶けるように消えた。
それはもうあまりに突然で、煽られ続けたエドの感性が取り残されるほど。
ほぅ……と、涙で濡れた顔で吐息を漏らすと、間近に迫ったロイの瞳が困ったように臥せられた。
「え? なぁに?」
「いや……なんでもない」
瞳を見開くエドに、覆いかぶさって、キス。
しっとりとなじんだその唇は、花開くようにロイの舌を受け入れる。
「んっ…ん、ん…はぁ…っ……」
貼り付けられ、なにひとつ自由にならないままのキスは、いつもよりうんと怖くてぞくぞくする。
嬲られた肌よりも、もっと深いところから湧き上がってくる快感。
「……ろ、い?」
ぼんやりと見上げる金の魔物はハロウィンの獲物となった。
あいかわらずHシーンは伸びます(苦笑
多分後一回。で、なんとか。
今度は同意の上での…XXプレイ…のはず。
予想通りハロウィン終わっちゃいましたね〜、ははは…
(08.11.7)