「…う…」 頭がガンガンする。エドは思わぬ襲撃に呻いた。
痛みの元をさぐろうと動かした筈の手は後ろで固定され、身動きすると手首に痛みが走る。
(な、なんだ…これ?)
右下に冷たい床の感覚。意識がはっきりするにつれ、自分の状況が異常なことを悟る。
(おれ…ロイのところから…帰ってて、それで…)
茂みの中、見えたのは青い軍服。
その後の記憶が、ない。
「おい、生きてたみたいだぞ…」身じろぎすれば死角となってた背中側から男の声がした。かるい笑いを含んだだみ声。
「そりゃ良かった。驚いて力加減できなかったからな、もうダメかと思ったよ」
「驚いて?よく言うな、加減する気も無かったくせに」
どっと広がる笑い。3人…いや、4人?
エドは少しずつ身体を捻り声のする方向へと視線を飛ばした。青い軍服をだらしなく着崩した集団。
と、男たちから少し離れた場所に座る相手と眼が合った。
ひとりグレーのスーツ姿で、整ってはいるが爬虫類のような冷たい双眸の男性。
「……お前たち、静かにしないか。この子が怯えるだろう?」
静かな、それでいて背筋に何かが走るような抑揚の無い響き。男たちの笑いがぴたりと止んだ。
(こいつが…ボスか!?)
エドが唇を噛みしめギッと見上げると、スーツ姿の男がふと目を細め立ち上がった。
近づくと戒められた手首だけでグイとエドを持ち上げ、壁にもたれるように座らせる。
「…あうっ!」
見た目よりも強い膂力にエドの身体が一瞬だけ中に浮く。
「すまないね、なにせ戦地から帰って間もない奴らばかりなのでね」
口元は笑ってるけど、目は全然笑ってなんか無くて。
「さて、と。君はどこにマスタングが居るのか…知っているだろう? エドワード君」いきなり名前を呼ばれて息が止まる。
こいつらはロイ兄を探してきたんだ。
「…何のこと?」
「おやおや、嘘はいけないな。君がマスタングに食事を運んでるって話は、村中知ってたからね?」
顎を取られ覗き込まれる。硬質な青い目。
「……ロイ、に何の用だよ」
自分への扱い一つとってもまともな相手とは思えない。
ロイを探してるのだって何のためなのやら。
(だめ、だ。こいつらとロイを会わせちゃ…)
ともすれば竦みそうになる心を叱咤してエドは必死で相手をにらみつけた。
「なに、会いたいだけだよ。私達は全員、マスタング少佐の部隊だったのだからね」
「嘘つけ!お前らみたいなのがロイの部下なもんか!」
「なんだと!?」
俺の叫びにいきり立つ男を制して、リーダー格の男が笑う。
「威勢がいいのはいいが、大人への礼儀がなってない。素直じゃない子は、躾けが必要だな」
底冷えする凄み。エドはごくりと唾を飲む。
(だけど。ロイ、の居場所は言わない…絶対…)
覚悟を決め、エドはぎゅっと目を瞑った。
◆ ◆ ◆
ドンドンドン…。
激しく叩かれるドアに溜息をつくと、ロイは物憂げに扉を開けた。
「ロイ兄!エド居る?」
開けると同時に飛び込んできたのは、幼い頃からよく知った少女で。
「いきなり入り込んじゃだめだよ、ウィンリィ」
後ろから一番年下なのに一番落ち着いた少年が現れた。
「こんばんわ、ロイお兄ちゃん…久しぶりです」
「んもう、そんな悠長なこといってる場合? ロイ兄、エド、ここに居るんでしょ?」
「……いや。朝帰って…それきりだが」
剣幕に押されるように答えれば、顔色の変わる二人の子供にロイは異変を知る。
「…帰って、ないのか?」
こくん。答えは無言の頷きだった。
「学校に、来なくて…ロイお兄ちゃんとこに居るんだとばかり」
「でも、いくらなんでももう夜でしょ? だから引っ張って帰ろうと思ってたの」
矢継ぎ早の状況説明に、次第にいやな予感が膨らんでいく。
今日も、いつものように食事を運んで…サンドイッチとコーヒーと…。それから?
(何も変わった様子は無かった)
エドの身に何が降りかかったというのか…。ここに来たばかりに…!?
(エド?)
胸騒ぎがする。ロイの瞳にかすかに意志の光が戻った。
「……わかった、アルとウィンリィはとりあえず家に帰って待っててくれ」
もう夜も遅い。自分が森を探す…と、ロイが続けようとした時、家の片隅で電話のベルが、鳴った。
「何者だ?この回線は極秘だぞ」取るなり威圧的な声で応じる。軍専用のこの回線を知る者は限られている筈だ、とばかり。
「あいかわらず高圧的ですな、マスタング少佐…いや、今は『大佐』になられたんでしたかな?」
聞こえてきたのは思い出したくもない…イシュバール時代の亡霊。
「……貴様…フレイザーか!?」
「覚えていていただけましたか。光栄ですな」
ロイの声に異変を感じ取り近寄る二人を手で制して、電話の向こうの気配を探る。
「で?…何の用だ」
「いえね、近くまで来たのでお顔を拝見したいと思いまして」
偶然、以前の部下がそろったのですよ。
そう言われ、嫌な予感が当たったことをロイは知った。ここの番号はエドなら知っている。
「……いま、どこに居る」
電話の声はリゼンプール手前の廃鉱の町を告げた。その背後から聞こえる微かな声。
(…エド!)
「わかった。…私が行くまでに、その子になにかあったら…わかっているな」
低く押し殺した声で唸れば、返される甲高い笑い声。
「さて、何のことでしょう? ともかく、お待ちしていますよ。…マスタング『大佐』」
一方的に切れた電話。受話器を握り締める手が白く震える。
「ロイ…兄…?」「……エドが浚われた。お前たちは家に戻っていろ。今から連れ戻しに行く」
有無を言わせぬ口調で子供二人にそう告げると、ロイは埃を被った箪笥から黒いコートを取りだした。
「でも…それって…ロイおにいちゃ…」
「大丈夫だ、心配するな。何があっても連れて帰る。…スープでも作って待っててやってくれ」
泣きそうな顔の二人にそう笑いかけると、ロイはともに村への道へと足を進める。
そう、エドがあんなに望んだ外への第一歩は、皮肉にもエド自身によってもたらされたのであった。
まあ、予測どおり?の展開ですね。ロイやや始動。
ロイの部下はオリキャラです。たちの悪いアーチャー系。
さて、ロイはエドを救えるのか?待て、次回!(笑
着声台詞がお題でした。