「ロイーッ!!」

エドの叫びが虚しく響く。



フレイザーはピクリとも動かぬその姿を満足そうに見下ろすと、

押え付けられたエドに向き直った。

「さて…救いの王子様は、倒れてしまいましたね。最後まで君を庇って…」

言いながらロイの身体を蹴りつける。

「小賢しい、そういう偽善的な姿勢が……私は大嫌いなんですよ」

「やめろっ!おまえなんかにロイを悪く言う資格なんてない!」

背中を踏まれ、床に押さえつけられながらエドは懸命にあがき続けた。



今、この人を助けれるのは自分しか居ない。けれど…苦しめたのも…自分だ。

(俺が…あいつらを刺激したから…)

ロイが挑発的になったのは庇う為だ。それはわかってる。

わかってても、…何も出来ない。

己の無力さに、悔しさに、知らず涙が滲む。

(どうしたら…どうしたら逃げ出せる?考えろ、考えるんだ)

今、エドを押さえつけてる手こそないが、

傍に立つがっしりとした男がその動きを見張ってるのは間違いなく…。



けれど、どんな絶望的な状況でも諦めるな、と教えてくれたのはロイではなかったか。

『負ける時は最初に自分の気持に負けてるんだ。もういい…とか、自分はよくやったとか』

諦めた時に全ては終わる、それまではどんな絶望的でも負けてはいない、と。

(だから、俺は諦めない…)




「……生意気な、目をしてますね」


睨みつけるエドに気づき優位に立つ男が楽しそうに哂った。

「無駄な意地は…我が身を傷つけますよ」

そう言って視線を落とした後、エドに背を向け入り口近くの椅子に戻りながら

フレイザーは部屋の片隅で見張りをしていた男に声を掛けた。

「ウォルフ、ご苦労。褒美にその子を好きにしていいぞ」

告げられたのは悪魔の、宣告。




「やっ!…やだ、はなせ!」

エドは屈強な男二人に手と足を押さえ込まれ、冷たい床に縫いとめられた姿勢で叫んだ。

叫ぶしか、出来なかった。

自由にならない我が身を見下ろす幾つもの瞳に気味悪い気配を感じる。

「威勢がいいねぇ」

「さて、いつまで保つかな?」

くっく、と喉で笑う男たちの…その嘲りが終わらぬうちウォルフとよばれた男が

ナイフを取り出すと激しい音とともに、一気にエドのシャツを引き裂いた。

胸元にかすかな血の滲み。

ナイフ自体はエドのズボンギリギリで止まり、肌にひんやりと嫌な冷たさを与えている。

「……」

「ああ、いいね。そういう生意気な目の奴が泣き叫ぶのが…たまんないよ」

次に何が起こるのか、予測もつかず鼓動は苦しいくらいだ。

腕を外された時の恐怖はいまだ新しく、

激しい痛みに腕は既に麻痺するほど疼き続けている。

けれどおそらく、これから始まろうとしているのは別の空気を纏った私刑。

唇をかんで声を殺していたエドは、男の指先がゆっくりと肌をまさぐる感覚に鳥肌を立てた。

「い、やだ。…何…」

殴られる痛みとは違う気持悪さに本能が拒絶反応を起こす。

「なにって…ナニ、だよな?」

下卑た冗談。周囲ににやにや笑いが広がった。

「じきにおまえもいい気持にしてやるから、おとなしくしてな」

「そうそう、男の味をしっかり教えといてやるから」

「まぁ、社会勉強ってやつだな…」



押さえつけた男たちが口々にかける言葉の内容に背筋が凍る。

男の手が少年の幼い性を触ろうと伸ばされた時ついに、エドの喉から悲鳴が迸った。

「いやだっ!はなせ!ロイッ!ロイーッ!!」

どんなにエドが叫んでもロイの身体は微動だにしない。

恐怖。

暴れても腕ひとつ動かせない絶望。



竦んだままのエド自身はどんな手淫にも反応せず、焦れた男が手っ取り早く事を運ぼうと

少年の腰に手を伸ばした時…




それは起きた。




「ぐっ!…ぅ…く…は…!?」


視界の隅で何かが光を放った。

次いでエドを嬲っていた男たちが次々と喉を押さえよろめいていく。


「エド!今だ!」

(…っ!!)

張りのある声に弾かれるようにエドの瞳に力が戻る。

がつん!

まだ足を押えようとあがく男の顎を蹴り上げると、伏せたまま身を翻し

脇に投げ出されたナイフを掴む。本能的な判断で。

それを見咎め、エドに襲い掛かろうとよろめくフレイザー。

その足をロイの足が大きく祓い、フレイザーの上体が床に叩きつけられた。

「エド、無事か?」

「ロイっ!」

片膝を立てて荒い呼気で名を呼ぶ懐かしい声。エドは思わず駆け寄ろうと身体を浮かし…。


「立つな。そのまま這ってこちらへ」

小さな、しかし鋭い命令がロイから発される。

(立つな?)

ロイの命令には理由があるはず。ただ、這うには右腕が使えない。

エドはナイフを口に銜え片手だけでロイへとにじり寄った。

「よし、それでこの縄を切れるか?」

「左手だけど…なんとか」

「それじゃ、ここの継ぎ目にナイフを当てておいてくれ」

言われるまま後ろに回れば、目に飛び込んでくる…まだ新しい血の染みと

……流れ出た血で床に描かれた…錬成陣。

「……ロイ…これ…」

「ああ…。…見つからず書くのに意外と手間取った。…すまなかったな」

そう笑う彼の指先は爪で無理に作った傷からの血で紅く染まって。

「時間が無い。いそぐんだ、エド」

ロイの指示に従い、後ろ手にロイを拘束する縄に刃をあてがえば、

ぐいと自身の重みでロイがナイフを喰い込ませる。

ぶつぶつと一本ずつはじけていく…ロープ。

エドの視線の先では男たちが、ある者は虚空に手を伸ばしある者は喉をかきむしり

次々と鈍い音をたて地面に倒れこんでいく。



ぶつり。

ナイフがようやく全ての縄を断ち切り、ロイの周りからばらりとほどけ落ちる。

「よし!」

すっくとロイが立ち上がったのと最後の男が倒れたのは、ほぼ同時であった。



 

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ようやく逆転。あと一回。
次回が書きたかっただけなのに…長い。

 

 

 

 

 

着声台詞がお題でした。

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