し…ん、と辺りが不自然なほどの静寂に包まれる。床に累々と転がる気を失った男たち。

ロイはフレイザーの内ポケットから発火布の手袋を取り戻すと、無言のままそれを手に嵌めた。

暖炉の細くなった火を完全に消し、傍らのロープを手に取る。

ぺたんと座り込んだエドの目の前にいるのは『焔の錬金術師』と呼ばれる男。

 

「……エド?どうした?」

「な、んか…ほっとしたら、腰ぬけちゃって…」

そう笑いながら、それでも我が身を抱き締める指が震えているのを黒い瞳は見逃さなかった。

「そうか…」

言葉少なに近寄るとその幼い身体に脱いだコートを巻きつけ、そのまま抱き上げた。

「なっ!…なに?」

「歩けないのだろう?」

反論を聞く気もない口調。でも何故か優しく響いて。

そうしてエドは助手席にそっと下ろされた。ふわんとロイのぬくもりが広がる。

「ここで待ってるんだ、いいね」

「でも、ロイは?」

「私はもう一仕事してくるから。……巻き込んで、すまなかったな」




エドを乗りつけた車に休ませると、ロイは身を翻し建物の中に消えた。

次に現れた時ロイはよろめくフレイザーを捕まえており、

抗う男の足と手を縛り上げると地面に転がした。

(ひとりであいつら全員を?)


不安なまま目を凝らせば
気を失った奴らをひとりまたひとりと外に連れだし

木立に縛り付けるロイの姿が見える。

助手席からじゃはっきりしないが、ロイの顔色は悪く呼吸するのも辛そうだ。

(…ロイ、だって…あんなにやられてたくせに)

多分自分より酷く。それなのに。


…動かない右腕がずしりと重い。


(悔しいな…ここでも俺は役に立てないのか…)

エドが視線を上げた時。


建物から人影が現れロイの背後に立ったのが見えた。


「ロイ!うしろっ!」

咄嗟に叫びドアを開ければ、声に反応したロイの、肘が男のみぞおちに叩き込まれるところで。

「うぐっ…ぅ!」

がくりと膝を追ったのはウォルフと呼ばれた輩。

「意識が戻っていたのか。さすがに卑怯な手は得意だな」

「ロイっ!…ロイ、大丈夫?!」

駆け寄るエドの目の前で自分を嬲ろうとしてた男が縛り上げられていく。

「ああ、ありがとう。助かったよ」



その微笑みにエドの中の何かがふつり、と切れた。


見たかった、ずっと見たかった優しい笑み。

あの頃の、自分を守ってくれた、ロイの笑顔。

世界がエドの前で一気に滲んでいく。



「ろ、い…ろいぃっ…。おれ…お…」

泣きながらその胸にしがみつけば、やんわりと回される暖かい腕。

「よくがんばったな、エド。すまなかった…ありがとう」

「うっ…う、う…ひっく…ふ…」

抱き締められて幼い頃のように涙が止まらなくなる。しゃくりあげるように。


戻ってきた、戻ってきてくれた。

あの頃の…俺の、ロイ。





「は! やってらんねぇな。お涙頂戴かよ」


ふいに背中に投げつけられる下卑た台詞。

濡れた瞳でエドが振り返れば、縛られ地面に座り込んだウォルフが唾を吐きすて。

「正義の味方に助けられてハッピーエンドってか? ふざけんな!

 なにがイシュバールの英雄だ、ただの人殺しじゃねぇか!」

「なっ!」

「……いいんだ、エド」

怒りで掴みかかろうとするエドをロイの腕が押さえる。

男は調子付いたように攻撃の言葉を迸らせる。まるでそれで自分の罪が許されるとでもいうように。

「ほれみろ、否定できねぇだろ?そうだよなぁ?

 俺らだって殺せないような赤ん坊ごと焼き払っちまうんだもんな、あんたは」

ロイの肩が微かに揺れる。

腕の中、エドは見上げるロイの瞳が再び曇っていくのを見た。

「十人殺せば人殺しで、千人殺せば英雄かよ!?よく言うぜ!」


「うるさいっ!!」

耐え切れずエドは腕を振り払い男の前に立つ。

「おまえらなんかとロイを一緒にするな!

 …知らないくせに。あのあと、どんなに…ロイが苦しんでたか知らないくせに!」



怒りで目の前が赤くなる。男の言葉で知った…ロイの取らされた行動。

それがロイの望んだ事だとでもいうのか。



「人を殺して当たり前だと思ってるおまえらなんかと、ロイを…っ!」

悔しさにぽろぽろと涙が零れ地面に吸い込まれていく。震える肩にそっと置かれるやさしい、手。

「いいんだ、エド…ありがとう」

エドを庇うように前に立ちはだかり、ロイは悪態をつく男に対峙する。

「ウォルフ……私は、自分を英雄だなどと思ったことは一度もない。

 お前の言うとおり、ただの人殺しだ。……それが軍人であり…戦争という場所だ」

低い声。

「ただ、な…ここは戦場ではない。無関係の子供を巻き込んだ償いは、うけてもらおうか」




黙り込んだ男をそのままに、エドの肩を抱くと車へと。



歩きながら右手を少し持ち上げ小さく指を鳴らす。

…どぅん!

一瞬遅れて、腹の底から突き上げるような鈍い地鳴りとともに建物が焔に包まれ…

「狼煙がわりだ。じき、街の者がくる」


焔に紅く照らされたロイの横顔は、少し哀しそうに見えた。










「…すごい…ね」

車に入るやぐったりと運転席に座り込んだロイの横で、エドは燃えさかる家を見ていた。

「ああ、エドは初めてだったか、術を見るのは…」

「うん…」

そのまま沈黙が車内を満たす。

その力が凄いと思うほど、いかにロイが戦場で『活躍』させられたかがよくわかるから。

「……怖いか?」

自嘲気味にロイが呟く。

「こうやって幾つもの家を人を焼いてきた。命じられるまま疑問も持たず」

疑問を持つ事、立ち止まる事はそのまま死を意味していたから。

「こわく、ないよ。…びっくりはしたけど」

それは、ほんと。怖いのは力じゃなくてそれを使う人間の心。

(たとえどんな力でもロイが使うのなら俺はこわくない、きっと)




「あの、さ。聞いていい?さっきの部屋の中での…」

男たちがなす術もなく倒れていった…あれも錬金術なのか?

「ああ。あれは室内の上部の酸素を一気に失くしただけだ」

「そんな事できるの? それって、死なない?」

私は気体を研究してる術師だからね、とロイが哀しげに笑う。

「急激な酸素の欠乏は一時的に仮死を引き起こす。が、大丈夫だ…死にはしない」

ふうん、とわからないなりにエドは納得する。

きっとロイはなるべく死ななくて済むやり方を探してたんだ。…もう殺したくないから。

「さ、もう少し休みなさい。街まで送りたいが…この状態では私も運転できない」

「う、ん」

そうして遠くからサイレンの音が聞こえてきたのは、20分もたたないうちだった。

 

◆ ◆ ◆

 

 

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あ、あれ?終わらない。つーワケでもう一話。
こんなエロもない話で、いいんだろうか…あはは…ハァ

 

 

 

 

着声台詞がお題でした。

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