《オトナの誘惑・コドモの覚悟》
「君、いいかげんに自覚したまえよ」
「自覚? なにを?」
視線ひとつ上げず執務机に座り込んで書類を片付ける男の前を、金の蝶よろしく少年はヒラヒラと舞う。
男の名はロイ・マスタング。少年の名はエドワード・エルリック。
いずれも二つ名で名乗れば知らぬものはない程、有名な錬金術師である。
「まがりなりにも自分に愛を告げた男の前で、そんな姿で居るものじゃない」臆面もなく続けられる告白まじりの繰言。口調に薄い笑いが混ざったのは気のせいか?
確かに聞きとがめてエドは憮然と答える。
「愛なんて告げられたっけ?」
「幾度となく」
顔を上げもせず言い放たれる言葉にどう真実を見出せばよいのか。
女性との浮名を流すのが日課のような相手だ。
それを男の照れと取るにはどうにも相手を良く知りすぎていて。
「アンタが言うとなんでも嘘くさいのな」だいたい上着脱いでタンクトップになっただけで危険だというなら、夏の間どうしろと。
「嘘などついたことないがね、こと、君に関しては…」
「……それが嘘くせぇんだっての…」
今度は聞こえないように半分心で呟く。世慣れた大人の口車ほど怖いものはないから。
「全く、いつも思うのだが。失敬だな、君は」
掛けられた言葉に呟きが届いてた事を知るが、それには気づかぬフリが身のため。
巻き込まれるとろくなことにならないと、どこかで本能が警報を鳴らす。
なのに。
「そうやって肌を晒して哀れな男を弄んで、楽しいのかい?」「誰が、誰を弄んだってぇ!?」
ついうっかりと。
あまりに芝居がかって嘆かれたものだから食ってかかってしまって、
片頬をゆがめた笑いに「しまった」と思ったものの後の祭り。
「君が、私を…だよ、鋼の」
「……んな、つもり…ねぇよ」
語尾が掠れるのはその視線に弱い自分を知ってるからに他ならない。
「そうかね?大体、何故君がここに居るのかも私には謎なのだが」
「中尉に頼まれたんだよ、逃げないで仕事するように見張っといてって」
「なるほど」
有能な副官の顔を思い出しロイはひとりごちる。確かに有効な手段といえよう。餌を目の前にぶら下げて。
「…だが、今日は日が悪かったな」 ぼそりと。会議続きの残業続き。下らぬ中央からの横槍で、未だ滞る業務は先も見えない。
「…ということは、多少急いでもノンビリしても…変わらんということ、か」
「え?」
「いや…そういう事なら肩のひとつも揉んでもらえるとありがたいのだがね」
「なんだよ、おやじくせぇな」
言いながらエドは普段のトーンに戻った部屋の空気に密かに安堵する。
口説かれるのは、嫌ではないが苦手だ。
もしかして自分の気持を悟られてて、からかわれてるのではと不安がいつも拭えないから。
自分では上手く隠せてると思う、思うけど。何せ相手が悪すぎる。
百戦錬磨のオンナったらし。
(なんでこんなヤツに惚れたかなぁ、俺…)
そうして一人歩きながら考え込んでた子供は、男の目に宿った不埒な光に気づけずに。
「ほら、…じゃ、この軍服脱げよ。邪魔!」「君が脱がせてくれると嬉しいのだがね」
「機械鎧だけで揉もうか?」
そう、にやりと笑えば、全く色気のない…とぼやきながらロイがするりと上着をずらした。
どきん。不意に目の前に広がった広い背中に不覚にも鼓動が早くなる。
「…ったく、反則…」
「何か言ったか?」
「べつに、なんも〜。ああ、すっげぇ凝ってる…」
抱きつきたい衝動を抑え両手を肩に、まずは柔らかく指を当てる。微かに届くロイの香り。
(あ……)
意識がそれた瞬間、
狙ったように体がくるんと引き寄せられた。
「あ、え?!」気づけば男の膝の上。目の前に漆黒の瞳。
「だから君は迂闊だというんだよ」
聞き取った意味が理解できず首を傾げるエドを片手で征し、反対の手は電話へと伸びる。「私だ。…ああ、わかってる。しばらく集中したいので誰も近づけないでくれたまえ。そうだな一時間くらいは…」
頼んだよ、と受話器を置くその姿に身じろぎひとつ出来ない。声ひとつ出すのが苦しくて。
「……と、いうわけだ」
「なに、が…?」
半分どこかでわかってて聞く、問いかけ。でも、だって、まさか。
「これでしばらく邪魔は入らない」
「正気か?昼間の執務室だぞ?!」
「そう、外には人が居てドアの鍵は開いてる。出て行きたければ、すぐにも行けるよ…」
「そ…っ、ぅん…ん…」
言いながら覆い被さり、深く深くキスを仕掛けてくるズルイ男。
何度かされた悪戯のような軽いそれでない、本気の、唇。
「ん、ん…っく…は…っ」僅か離れた隙間から必死に空気を吸うけどすぐまた貪られ、不慣れな子供は眩暈に囚われる。
「…逃げないと、いいようにされるぞ」
こんなふうに…とタンクトップの隙間から指先だけが入り込んできた、不埒な動きで。
「やっ!…やだ、な…んんっ…ぅ、ん」
声はそのまま飲み込まれてロイの唇の中。
舌先が、指先が、同じリズムで違う刺激を与えてくる。肌を熱くする惑乱に、首すら振れずに。
ばさり…。落とされる布の音が遠くに聞こえる。
視界の端、さっきロイが脱いだ軍服が床に落ちているのが映った。
緩んだ右手から逃れようと身を捩れば、ぐらり足元から崩れて。
勢いを利用して床の上に倒されたとわかったのは一瞬後。
「痛っ…!…くな、い?」打ち付けると思った頭は相変らずロイの腕に守られて、つまり、それは覆い被さられたままということで。
「だから、迂闊だというんだ…」
同じ台詞、今度は耳元で低く囁かれ肌が粟立つ。
「な…にが…」
薄布一枚越しの互いの熱に、何かが溶かされていくよう。
「そんな瞳で男を見るものではないよ」
「無理強いするほど、落ちちゃいないだろ?」
「それは、誘っているのかね…」
君の体はどこも拒んでいないよ、と。ぴったりと重ねられて息が詰まった。
「…俺が、叫んだら?」
「出来もしないことは脅迫にもならないよ、鋼の」
そのまま落とされる口付けに体も心も縫いとめられ、執務室に響くのは不似合いな湿った吐息ばかり。
唇だけで、もっていかれそう。
うっとりと。不覚にもうっとりと、瞳を閉じ身を委ねた少年の。
その頼りない躯にロイは我に返る。ほんの少し懲らしめてからかうつもりだったのに、と。
このまま抱いてしまいたい衝動と踏みとどまる理性と…ふたつ我が身のうちに湧き上がり。
溜息ひとつ、その腕をゆるめた。
「た、いさ…?」その淡く開いた唇がぼんやりと呼ぶ名は、さらに追い討ちをかけて。
「上着一枚、敷いてあるだけで強姦罪は成立しないのだよ…知っていたかい?」
暗にこのまま進めば合意だとほのめかし、その瞳に力が戻るのを待つ。
「抱かれたいなら、止めないけどね」
「…なっ!」
告げられた言葉、全て見透かされたようでエドの頬が朱に染まる。
「……信じらんねぇ…」
煽るだけ煽って手を離す男の、それが優しさからだとはどうにも思えなくて。
ゆっくりと熱くなった体を持ち上げ、床に座り込む。
「試してんの?…サイテー」
「耐えてると褒めてほしいくらいだが?」
「それを俺に信じろって?!」
拗ねる横顔に笑みを漏らせば、返ってくるのはいっそうキツイ視線で。
仕方ないな、と、ロイは立ち上がり机の引き出しを開けた。
「使いたくなったらいつでも使いたまえ」言葉とともに、開いた掌に落とされたのは何の変哲もない鍵。カチャンと機械鎧とぶつかり小さく音を立てる。
「なに、…これ?」
「他人に渡すのは初めてだよ」
見覚えのあるそれは、まごうことなくロイの自宅の鍵で。つまり、それを使うということは……。
軽いはずのその金属の重みに、エドの手が震える。
「これ…?」「使ったら、逃げ場はないと思いたまえ」
自信ありげな口調にかちんとくる。「大丈夫、ぜったい使わねぇから!」
「それは、寂しいことだな」
くすくすと、全然信じてない顔で笑われ、エドは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「…あんたなんか、だいっ嫌いだ!クソ大佐!!」
「私は、愛してるよ、エドワード」
「〜〜〜〜っ!」
こんな時ばかりファーストネームで呼んでくる…その男の声も、反応してしまう自分も許せなくて。
「いっぺん死んでこい!」
エドは扉を大きな音を立てて開けると、そのまま足音も激しく出て行ってしまった。
「……なにをなさったんです?」入れ違いで入ってきたホークアイに咎められてもロイは肩をすくめるだけで。
「それでも、ちゃんと受け取ってはいく訳だ…」
机の上にも返されていない鍵は、そのままエドの手の中にあるということ。
「何の話ですか」
「いや、子供の扱いは難しいと思ってね」
「大佐の扱いが素直でないだけだと思いますが?」
「そうか?」
「ご自分の胸にお聞きになったらいかがですか」
机に追加の書類を置きながら淡々とそう告げる部下に、ふむと頷きながらロイはペンを握る。
あの、素直でない子供が流石に今日使うとは思えないが、それでも少しでも早く家に帰ろうかと。
帰宅したロイが驚くのはもう少し先の話。
両思い、恋人未満なふたりです。
なんの脈絡もなくエロくもなく…しかもかなり甘い(笑
ただ単にロイとエドの会話が書きたかっただけなんで。
ごめんなさい、でも楽しかった。自己満足最前線。
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