いいコトを思いついた 黒子くんの話
(注:黒子が まっ黒子さま です)
「やっぱりボクは嫌です」
めずらしく黒子がきっぱりと言い切る。ウィンターカップ予選を勝ち抜け、骨休みも兼ねてやってきた温泉。
の、大広間。
ミーティング用に借りたそこで、誠凛バスケ部のメンバーはあちこちに座りこんでいた。
「なにが嫌なんだ? 黒子」
振り返りながら小金井が訊ねる。
「木吉先輩のことです」
「……ああ」
出された名前に日向が肩を竦める。
当の本人は、壁に背中を凭れさせ、まるで他人事のように。「先輩が膝を騙し騙しやっているのは知っています。休めた方がいいのも」
「黒子、その話は……」
一瞬伊月が制するが、木吉自身が「構わないさ。どうせ皆知っている事だ」と笑う。
声に力付けられるように黒子が、木吉を見つめる。
「先輩、本当は一日でも早く手術した方がいいんですよね」
「ああ。だがそうすれば、リハビリで一年は無駄になる。……オレはこのチームで戦いたいんだ」
わかってくれ、と言わんばかりに、大きな手が黒子の頭をポンポンと叩く。
「わかってます。ボクだって先輩と一緒に戦いたい」
いつになく饒舌な黒子に、誠凛メンバーは黙って聞き入る。
全員がほんの少し、困ったように視線を反らしながら。
「黒子……」
感極まった響きの木吉の声。
被せるように、さらに黒子が言葉を続けた。
「だから考えたんです。木吉先輩の膝もバスケも失わない方法を」
「オレのバスケも、膝も?」
「はい」
わずかの沈黙。のあと。
「……木吉先輩、手術してください」
「言っただろう? そうしたら一年は……」「ええ。だから、その一年、留年してください」
……空気が凍った。
だが、周囲の反応など気にも留めず、二人の世界は展開する。
「留年か」
「はい、そうしたらボクと同学年になります。一緒にバスケもできます」
「なるほど」
「クラスが一緒になれば、出席番号は必ず前後です」
まっすぐに覗き込む黒子に、木吉が「それもいいなぁ」と頷く。と、流れ込む怒号。
「おいコラ! ちょっと待たんかい! このダァホ!!」「なんですか、日向先輩」
「なんですかじゃねぇ! 二年はどーすんだ! 木吉は『このチームで』つってんだろ!?」
「……そうか」
「そうかじゃねえだろ!? 木吉! テメェもそこで『なるほど』じゃねえよ!」
「ああ、すまん」
飄々とした笑顔で答える木吉の横で、「ちっ!」と小さな舌打ちが聞こえた。「……ああ? なんかいうことあるか? 黒子」
「いえ、そうですね。ボクが早計でした」
黒子はおもむろに、木吉から周囲のメンバーにと視線を流す。
「なら、先輩方は三年最後の試合まで続けられるように、大学推薦、取りましょう」
「推薦?」
「ええ。日向先輩と伊月先輩。……大丈夫ですよね」
「いや、ちょっとまて。黒子」
イーグル・アイでも予想出来ない斜め上からの攻撃に、伊月がブンブンと手を振る。
「おまえ、推薦ったら内申が平均でも…」
「出来ないんですか? 木吉先輩のためなのに」
ブチッ!
どこかでなにかが、再び切れる音。
「おもしれぇ、やってやろうじゃねえか!」
「いや、日向。それは無理だ」
「木吉先輩?」
「黒子。気持ちは嬉しいが、他の奴らに無理を強いてまで、留年しようとは思わん」
「てか、留年自体が無茶だって気付けよ!!」
留年して公式試合に出られると思ってるのか。
日向の突っ込みが虚しく空に浮く。「木吉先輩は、ボクとクラスメイトになりたくないんですか!?」
ぎゅっと目の前の木吉のTシャツを握りしめる。上目遣いで。
「一緒のクラスになれば『きよし』と『くろこ』です。出席番号、となりですよ」
「おいこら! テメェ、オレが隣りじゃ不満だってのか!?」
黙って傍観を決め込んでいた火神が、聞き捨てならないと叫ぶ。
「だいたい、同じクラスになるとは限らねぇじゃ……」
「黙っててください、ひがみく……いえ、火神くん」
「ああ? ……今、なんて言いかけた!?」
「ちょっと、読み間違っただけです。珍しい名字なんで」
別に『僻み』なんて思ってませんからと、言わずもがなの追い討ち。
「なんで、知り合って半年近くたって、わざわざ読み間違えるんだ!? てめぇは」
「うるさいです」
一刀両断。
「あとひとつ。ボクが本気で望んだことは割と実現するんです」
「それ、どういう……」
問いかけた火神の台詞が止まる。本能で。
にやりとも表現できない無表情が、却って不気味だ。
「さぁ、なぜでしょう。ほんと、不思議です」
ちっとも不思議じゃなさそうに黒子が言い切った。交わされる会話を「相変わらず仲がいいなぁ」と木吉が笑う。
「あれが仲良く見える、お前の神経がうらやましいわ」
ぽつり、日向が呟く。
「んー、そうか? 猫と犬がじゃれてるみたいで可愛いじゃないか」
「……猫と犬はじゃれないと思うぞ」
と、木吉が真顔で。
「そうなのか!?」
「もういい、黙れ! ダアホ!」「あのー、それよりさー」
拍子抜けするほどのほほんとした口調で、小金井がなぜか挙手をする。
「あ?」
「さっきから、気になってんだけど」
言いかけるセリフを察して水戸部がわたわたと手を振る。だが、完全スルーで。「なんで黒子、木吉の膝の上なの?」
落された、爆弾。言葉の通り、最初から黒子は当然のように木吉の膝の上。
いわゆる『抱っこ』の状態で。「あー……」
「さ、さあ、なんでだろう」
「き、気づかなかったなあ、あははは」
あえて目をそむけ、見なかったことにしていた常識人のメンバーが口々に誤魔化す。
が。「木吉先輩はおばあさんに育てられているから、躾が厳しいんです」
よくわからない黒子の回答に、火神が「なんだそりゃ」と突っ込む。
「ですから……。『人と話す時は、その人の目を見なさい』。そうですよね、木吉先輩」
「ああ、そうだな」
よくできましたとばかり、再び黒子の頭を撫でる。
もちろん、膝の上で。
「……ごめん、意味がわかんないんだけど」
ここに突っ込めるのは、さすが小金井というべきか。
皆の心を代弁した質問に、黒子が呆れたように口を開いた。何故判らないのかとばかり。
「ボクと木吉先輩が話す時に、目を見ようと思うと、とても大変なんです」
首がこんなになるのだと、実演されてしまえば頷くしかなく。
「ですから、こうして上げてもらって目の高さを近くしてるんです」
至極当たり前のように言い切られ、皆、黙りこむ。「……木吉、てめぇ」
突っ込みどころは満載なのだが、とりあえずの元凶に日向が鋭い視線を流す。
「そんな躾の話、オレは聞いたことないけどな」
「日向とはそこまで差がないだろう?」
「……本当にそれだけか?」
つめよれば「鋭いなぁ」と、半分苦笑いで。「いやー、実はオレと黒子、付き合うことにしたんだ」
「はああああああっ!?」
「さっき申し込まれて、OKしました」
「く……黒子っ!?」
「だから、こうしています」
「そんなわけで、リコに部屋割の変更頼んであるから」
「え? いったいいつの間にどんな話したんですか?」
「そりゃOKもらってすぐだよ。リコも心配してくれてたから」
異常な光景を見るだけでもキツいのに、知りたくもない事実を知らされ、皆、声も出せない。そうして。
「カントク公認!? マジで?」
固まっているメンバーに、小金井が止めの一言を落とした。「そっか、カントクが」
「じゃ、しかたないな」
「ああ、しかたない」
「リコが言うんじゃなぁ」
それぞれ責任転嫁をして理性に蓋をする。
誠凛高校のチームワークは、今日も不動であった。
THE END
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