「女の子である」という秘密が、最終兵器にこそなれ

この恋の障害になるなんて……

そのときの俺には…思いもよらない事だった。

 

かみさまは いつも いじわるだ

 

 

Each side of Screen

 

<第1章 〜無実のオブジェ>


「え?」

ハボック少尉が言った言葉が咄嗟には理解できず、赤いコートの子供は首をかしげた。

「だ〜か〜ら、大佐は実はゲイで、男にしか興味がないんだとさ」

 

麗らかな昼下がり。

久しぶりに寄ったセントラルで、東部から出戻った上司を訪ね

お茶でも奢らせようかと目論んだ矢先の出来事。

執務室の前の廊下で愕然と固まっているのは…最年少国家錬金術師、エドワード=エルリックだった。

 


ナイショだぞ、と唇に指を当てられても、そんな、言って回る気力も無い。

「うそ…。だって…あの、『大佐』が!?」

「正確に言うと、本命が男…らしいんだな」

彼らが『大佐』と呼ぶのは一人しか居ない。焔の錬金術師、ロイ・マスタング。

街中の女性全員と知り合いだとか、千人切りは仕官学校時代に達成したとか…

ろくな噂を聞かない、しかもその99%が女がらみのあの人が!?

あまりの驚愕に口をパクパクしてると、うんうんと頷きながらハボックが追い討ちを掛ける。

「だろ〜。ビックリだよなぁ。俺だって酒の席とは言え本人から聞かなきゃ信じれなかったよ」



それは先日行われた宴会の…三次会あたりで逃げ出した大佐と二人で飲んだ席の事。

珍しくへべれけになった大佐がポロリと漏らした愚痴らしい。

「まぁ、いつものように恋愛相談っての?花屋のエミリのこととか話してたらいきなり、だぞ?!」



『しかし、おまえは楽じゃないか。最悪、既成事実を作ってしまえば捕まえられる』

『大佐〜、それ、犯罪っすから…』

『そうだな…。だが、本気で欲しければそう思わないか?』

その横顔が余りに辛そうでつい聞いてしまったのだという。

普段なら絶対この人の色恋沙汰になんか関わりたくないのに。

『…そんな相手でも、いるんすか…?』

そうして返ってきた答えが。

『ああ…いる。出来る事なら子供でも何でも作って縛り付けたいヤツが…』

だが、残念な事に子供など不可能な相手でな、と。

 

本人が? それじゃ疑う余地も無い。

エドはさっきまではしゃいでた気分がゆっくりと冷えていくのを感じていた。


久々に会える、と強行軍だったけど汽車を乗り継いでセントラルに向かった。

報告かたがた祝いの一言でも言ってやれば、あの男の事だから絶対

「じゃ、お茶のいっぱいもどうだね?」と誘ってくるに決まってる。

いつもは照れくさいのやなんやで断ることが多いけど、今回は受けてやろう。だって一応栄転だろうし。

それに……。




「とかなんとか。な〜んだか、また大佐にかつがれてんじゃないの?いくらなんでも嘘くさすぎ〜」

茶化した声は震えてはいなかったろうか。

「いやいや…。なんでもずーっと片思いらしいんだ、それがまた…」

「楽しそうに、何の話だね?!」



不意に背後から掛けられた声に二人すくみ上がる。

それはまさに噂の主、ロイ・マスタング大佐その人で。



「ななななな、なんでも…ないでありますっ!」

「おや、そうか?」 冷たい一瞥。

の後、くるりとエドワードに振り向くといつものようにからかい半分の笑みで

「…と、ハボックは言ってるが、どうだね?鋼の」

「ああ、聞いてない聞いてない…。あんたがホモだなん…」

「わわわーっ」

大慌てで後ろからむぐ…と口を押さえられ、よろけたはずみで少尉に抱きかかえられる格好となる。

だけど時既に遅く、エドの『ホモ発言』はきっちり大佐の耳に届いてて。

ピクリと頬が引き攣るのがわかる。



「……ふむ…。いい度胸だ、ハボック。今夜定時に帰れると思うなよ」

「ええっ!そんな殺生な〜。やっとアイリーンと約束取り付けたんすよ!?」

情けない声でがっくりと肩を落とす男に自業自得と低く言い切る。

(アイリーン??また違う相手かよ?)

さっきの花屋のエミリはどうなったんだ? 上司が上司なら部下も部下だ。

そんな風に掛け合い漫才に近いやり取りをぼんやりと眺めていたエドだったが。

「しかたないな、これから私はおまえの巻いた噂について、鋼のと緊急会談だ」

「へ?おれ??」

いきなり回ってきたお鉢に『しまった、逃げて置けばよかった』と悔やんでも後の祭り。

「そう。ハボックが何を言って回ってるのか…じっくりと聞かせてもらおうか?」

お茶でもしながらな、と。

言うなりエドワードの方に手を回し、逃げられないよう捕獲すると歩き始める。



「ああ、このこと、定時報告待ちのホークアイ中尉には上手く伝えておけよ」

「……!それも、俺がやるんすか?!」

当たり前だ、と言わんばかりに片手を上げて答えると、ふたり廊下を歩き去る。




がっくりと廊下で立ち尽くす少尉を振り向きもせずに。


□ □ □

 

「で、何を聞かされたのかな?」

にっこりと、食えない笑みで目の前に座った男が問いかける。



静かに音楽の流れるカフェ。

薄暗い店内はアンティークな内装でしっとりと纏められ時間が止まったよう。

午後のひと時をティータイムに過ごす優雅なご婦人方の視線が

ちらちらとこのテーブルに投げられるが当の本人はいたって涼しい顔で。




「あ、コレも美味そう」

「……頼みたまえ…」

さっきから質問の度追加注文でかわせば君は欠食児童かね、と半分呆れながら

軽く合図してギャルソンを呼び、エドワードが指すケーキをオーダーしてくれる。

さりげなく完璧なエスコート。こんな気分じゃなきゃ最高だったかも。



で? と瞳で問い詰められ、エドは居心地悪そうに背筋を伸ばすとようやく重い口を開いた。

目の前に出されるベリーのシフォン。実はもう結構胃袋も苦しい。

悔し紛れに山ほど頼んでやったけど、こいつの財布なんてその程度じゃ痛むわけも無い。

(そろそろ…潮時、かなぁ)

「…だから」

「だから?」

グッと身を乗りだし、その瞳で覗き込まれて不覚にも鼓動が早くなる。



「だから、アンタがホモで…」


自分の反応に慌ててエドがそう告げた声は、思いの外大きく店内に響いて。

一瞬ざわめきが止まる店内、なのに大佐は平然としたままで。

「面白い冗談だ。それで、なんだって?」

かえってエドの方が周囲の目が気になって今度はひそひそと呟いてしまう。

「…そんで、孕ませても欲しい相手が居る、らしいって」

無理だけど。と付け加えれば、直ぐ目の前で苦笑いする男。

その口元に視線が吸い寄せられる。




薄い、いつもは意地悪なことしか言わない唇。からかってばかりで。



「で、…その相手は誰とか、…聞いたのかね?」

「え?」

思いかけない問いかけに絶句する。それがホントだろうと無かろうと絶対大佐は否定すると思ってた。

なのに。

(否定…しないんだ?)

「きいて、ないよ。そこまで聞く前にあんた来ちまったから」

「そうか」

明らかにホッとした表情で、大きく息を吐く。

「……ホント…なのか?」

「さてね、君はどう思う?」

恐る恐る問いかければ、逆に問いで返されて。真直ぐに見つめてくる瞳が怖くて、逃げをうつ。


「わかんね。…別にどうだっていいし」

ああ、本当なのかとその表情から察すればズキリと痛む胸。

強がって投げ遣りな台詞吐けば帰される言葉に、さらに追い詰められて。

「君にとってはどうでもいい事だろう。だが、私と…その相手にとっては大事な事だ」

下手な噂を流されては困る。相手は何も知らないんだからね、と。

「別に、言ってまわったりしねぇよ、興味ないし」



そんなに、相手が好きなの?そんなに大事なんだ?



「だけどアンタらしくないじゃん。秘めた恋なんて、さ。百戦錬磨のロイ・マスタングでも怖いもん?」

やっぱ男同士なんてヘンタイだもんな、と。あんまりに辛くて心にも無い悪態が口をつく。

そんなことが言いたいわけじゃない。

この男に、ロイにそんなに思われてる相手が羨ましくて無性に貶めたくなっただけ。

自分でもわかってる、醜い嫉妬。

「ああ、怖いね。そんな風に偏見を持つ輩が山ほど居る」

向けた刃でざっくりと切り返された。

(そんなに、その人が好き、なんだ…)



「だけど、それじゃアンタとつきあってる女性に失礼じゃない?」

「ここ最近は、そのあたりわかってる大人の女性ばかりだから問題はないさ」

ギブアンドテイク、だな。

そんな風に軽く返されて、ズキズキと胸が痛む。

(やば…泣きそう)

つ、んと目頭が熱くなるのを感じてエドは慌てて席をたつ。

「…わかった。あんたがホモなのとか、全部黙っといてやるから…

 今度、錬金術史の襟帯本読ませてくれよな?」

OK?と、軽く言い放つと、背後のコートを掴んで席を立つ。

「アルになんも言ってきてないから、そろそろ行くわ。…あ、ケーキご馳走さま!」



そうして、ヒラヒラと手を振ってエドは店から飛び出した。








話せば話すだけ、ロイが真剣なのがわかって。

(なんだよ…人がようやく…)

フードを被ってエドは街中をひたすらに歩く。頭の中は今の会話がぐるぐると回るばかりで。



(間が悪い…よな。いや、…いい、のか?)

ずっとずっと認めたくなかったロイへの恋心。


旅の途中。

国家錬金術師ばかり殺されてるという噂を小耳に挟んで、居てもたっても居られなくなった。

よりにもよって、そんな時セントラルに赴任だなんて。



そうして、やっと素直になろうかと…。

自分の心に向き合って、許されないこの思いをそれでも育ててやろうかと…

そう思った矢先に、落とされた爆弾。

(なんだ…もう、好きなヤツ、いるんじゃん)

あの口ぶりでは、きっとずっと昔から。その相手が居て、でも手が届かないから…女の噂が耐えなくて。

「…なんだよ…もう」

足取り重くそれでも宿に向かえば、すれ違いでアルは司令部に向かったと聞かされていっそう気が重くなる。

(また顔合わせんのは…きついなぁ)

でも、今回の報告も終わってない。

遅かれ早かれ対峙せねばならないのだと腹を括ってエドは再び軍部へと足を向けた。





そこで、更なる苦しみに出会うことも…いまだ知らずに。




そうして運命の歯車はゆっくりと回り始めたのだった。

 

 

 

 

さて、女の子エドSTORYの幕開けです。

あまり他のサイトとか読まないので傾向もわからないんですが
ともかく自分なりに書いていきたいと思います。
真面目な女の子エドは初めてなので色々悩んでますが
ハーレクイン・昼メロ風・すれ違いラブ…みたいな?(笑

どうでもいいですが、たぶん相当可哀想なエド子になる予定
でもハッピーエンド!ですので、宜しければお付き合いくださいませ。












鳥籠レベルの悲惨さかも(笑

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