道なりに、ただひたすら真直ぐにエドの足は司令部へと向かっていた。頭の中は全然別の事考えてても、いや、だからこそ…体は記憶のまま真直ぐに止まることなく。
冷静になって考えれば、大佐が男色であったなら自分も対象になってもおかしく無いのだ。(だって…俺、いちおう『男』なんだもんな)
エドが女の子だと知ってるのは名をつけた父と出産に立ち会ったピナコばっちゃん、それから。
(先生…も、知ってるけど)
それは不可抗力で。
母さんを復活させたいと無謀な夢を見て修行を受けた日々。その最中に、意識もせぬままのエドに「女」としての証が訪れたのだ。
流れ落ち足を伝う血。
ショックを受けた『少年』に、その意味と…処置を教えてくれたのもイズミ先生だった。
(それまで、俺、自分が女だって…あんま意識してなかったし)
何故、自分が男でなくてはいけないのか。
それは父ホーエンハイムが失踪する直前に言い残していったヒミツ。だけど、まだ幼かったエドにはその本当の意味なんて理解できず、ただ自分は違うのだと、
けして口にしてはいけない事なのだと、そう思うばかりで。
全てを理解した時にはもう、エドは『男の子』として生きるしか道がなくなっていた。
「いっそ、ほんとにそうなら良かったのに…」ぽつり、とエドの口から繰言が漏れる。誰の耳にも届かない、叫び。
本当に…男に生まれていれば…。
生まれた時から誰にも必要とされてなかった「女の子」の自分。身体だって大きくなれない。旅にだって不向きで。
そんな自分が…初めて、女の子で良かった、と思えたのに。
いつか、本当にいつになるか判らないけど、いつか…アルを戻す事が出来て自分の役目が終わったなら。そうしたら。
(おれ、女の子に戻って、大佐に告白しても…いいのかな…?)
上手くなんていくとも思わないけど、その時の大佐の驚いた顔、想像するだけでも楽しかった。
女の子だったことが、初めて…嬉しかった。
一つくらいそんなご褒美があってもいいんじゃないだろうか…そう思って。
なのに。
運命の神に自分は余程嫌われてるらしい。見えるところに希望を置いて、近づこうとすると取り上げる。
(たぶん、俺が男でも、大佐の思い人は俺じゃ、ない)そんな気がする。
カフェでの会話を思い出すにつれ募る絶望感。
『君にとってはどうでもいい事だろう。だが、私と…その相手にとっては大事な事だ』
完全に自分は蚊帳の外なのだと、思い知らされた台詞。
考え事の間にもエドワードの足は軍本部の門をくぐり、アルを探して中央回廊へと向かっていた。一番アルが居る可能性が高いのはもちろん大佐の執務室で、それでもそこに行くのを最後にしたくて
少しでも可能性がありそうな場所を歩き続ける。
(それに…)と、エドの思いはあの会話から離れてくれない。
(万が一、大佐の思う相手が俺だったとしても、自分は「女」で…)
「いづれにせよ…チェックメイト、ってわけだ」「おや、頭脳チェスかね? なかなか高度なことをやっとるじゃないか、鋼の錬金術師くん」
「っ!…だ、大総統っ!?」
背後からいきなり声を掛けられエドは弾かれたように振り返った。
そこに立っていたのは、にこやかに笑うキング・ブラッドレィ。
(…いったい何時から? 気配なんかしなかったぞ!?)
いくら自分が考え事にふけっていたとはいえ、ここまで近寄られるのに気配を感じないなどありえない。
「脅かしてしまったかな、それは失敬」
「あ、…いえ」
で、どうしたね今日は、と聞かれ瞬時迷う。
おそらくはロイの部下の誰かと一緒であろうが、本来軍属でないアルフォンスが
自分と離れて司令部にいると言ってよいものか。…こんなことで大佐に迷惑を掛けるのも気が進まない。
仕方なく定期報告に訪れたと、半分本当で半分嘘を告げる。
「そうか…しかし、マスタング大佐は今会議中ではなかったかな?」
背後に静かに立つ秘書に問いかければ、こくりと返る頷きガ答えで。
終わるまでお茶でも付き合いたまえと誘われれば断る理由も思いつけず、
エドはそのまま大総統に連れられ中央階段を昇ったのだった。
□ □ □
ロイのものとは内装も大きさも違う執務室に招き入れられ、エドはひたすら困惑していた。
ふかふかすぎるソファは小柄な身体が嵌るように沈み、テーブルのお茶を取るにも一苦労だ。
そのお茶ですら何故か大総統手ずからのもので、つまりこの部屋には二人しか居ないわけで…。
(毒…は入ってないだろうけど、なんか、居心地…わりぃ…)
キョロキョロと落ち着かず見回せばくすりと笑われた。
「そんなに緊張せずともよかろう…なにやらユースウェルでも活躍だったそうじゃないかね」
「え!?…あ、いやあれは…」
いったいどこから話が回ってるのか、幾分後ろめたい事のある地名を出されて言葉に詰まる。
(金…錬成したのとか、バレてない、よな?)
「『錬金術師よ大衆のためにあれ』 まさにその通りの顛末だったと聞いてるが…」
「あ…はぁ、いえ、光栄であります」
「そうかしこまらずとも良い、しばらく旅の話を教えてくれたまえ。中々セントラルを離れられんのでな」
そのために秘書も下がらせたのだと言われれば、ああ!と合点が行き、
エドはここしばらくの間に回った町の様子を包み隠さずなるべく詳しく語りはじめた。
その間は少なくとも大佐の事は思い出さずに済むだろう、そんな思いがあったのも確かだったけど。
そうして、小半時も回った頃。
ひとしきり喋って話すネタもつき、そろそろかと執務室を出ようとした時の事だった。
「……どこか、怪我でもしているのかね?」扉手前で後姿に掛けられた言葉。いいえ、と答えようと振り返って…蒼ざめる。
ついさっきまで腰かけてたソファに…紅い染み。
(あ、れ…もしかして…)
予定の日より早い。だけど、ここのところの強行軍と…ショックで早く始まる可能性は…。
どくん、どくん、どくん。心臓が早鐘のように激しく打つ。いつから?
「どうしたね、アレは君の居た場所だろう?」
大総統の声がいつもより低く響く。威圧的な、何か。
怖くて立ち止まった場所から足が一歩も動かない。
何か言い訳しなきゃ、そう思うのに何の言葉も紡げなくて。
「…ぁっ!」立ち尽くせば、ふっと暖かい感覚が右腿を伝い機械鎧で途切れる。…間違いない、今…。
(あの柔らかなソファがまずかった…)
普通の椅子ならあそこまで密着しないから、始まってもすぐなら…ばれずに済んだはず。
(ああ、だけど…そんなこと、いまさら…なんとか怪我って事に…)
必死で思いをめぐらすエドは、ブラッドレィの目にほんの少し違う色が宿ったのに気がつけなかった。それは、猛禽を思わせる、一瞬の光。
「すこし…。すこし足の怪我が開いただけです、だから…」「それはいかんね。怪我をしてたとは気づかず申し訳ないことをした。応急手当でもせねば」
「大丈夫ですからっ!おれ、じゃ衛生室に…」
こんなトコでばれる訳にはいかない。エドは必死で扉をあけようとした、が。
がちゃん!
背後から覆いかぶさるように素早い動きでブラッドレィが扉を閉める。「だい…」
慌てて振り返ろうとすれば思いもよらぬ強さでドアに押し付けられて身動きとれず。
「いかんよ、エドワード君。そんな姿で外に出ては」
「ひっ!」
言うなり背後から股の間をグッと撫でられ掠れた悲鳴が上がった。
「どうやら『怪我』とやらは足ではなさそうだ」
目の前に差し出された指先は、ズボン越しのエドの経血で紅く濡れている。
「隠し通せるとでも、思っていたのかね?」
絶望的な宣告が、柔らかく空気を揺らした。
あああああ!?? 展開早いなぁ、自分ながら。
そんなこんなで、次回は多分皆さまの心配どおり。
とばしても話に支障はそんな無いけど(多分)…
どこまで書こうか、ただいま悩み中。
鳥籠レベルの悲惨さかも(笑