◆ ◆ ◆



「…おい、あんた…。ロイ、起きろよ」


「う…ん」

エドは横たわるロイの肩を掴んで(と、いっても肉体ではなく霊体のほうだが)

力いっぱいゆさゆさと揺さぶった。

乱暴とも言えるその行為で、消えかけていたロイの霊体がくっきりと輪郭を取り戻す。

「ロイっ!」

「…な、んだ? 綺麗な割に乱暴な天使だな…」

(やった。とりあえず、消えてない)

黒い瞳が真正面から自分を見つめ返すのを感じ、エドは最悪の事態を免れた事を知る。




「うるさいな。非常事態なんだから仕方ないだろ。

 それよりアンタ、自分がどうなってるか…わかってんの?」



エドの言葉にむっくりと体を起こし、ロイは周囲を眺める。



不自然に、近い天井。

振り返れば床に見覚えのある体が血を流し横たわっているのが見えた。




「ああ、…死んだのか」

「まだ死んでないっ!…ってか、なんなんだ、その反応!」

何の感情もなく呟かれる声にエドは思わずムキになる。

なんだってこいつはこんな全てに投げ遣りなんだ!?



「だいたい、自分の死体見たらもっと慌てるとか驚くとかしない?…普通」

「死んでないのに『死体』なのかい?」

「あげ足、取んなっ!」

ぜいぜい、と喚くエドに至って平静なロイ。これじゃいつもと立場が逆だ。

ほんとなら慌て嘆く魂を落ち着かせて導くのが天使なのに。

(…ってか、導いちゃいけないんだっけ)






「あー、だから。アンタは今瀕死の重傷って奴なの。で、俺がきた、と」

真実とは異なるが、ま、そこは許してもらおう。


「ふん。天使に迎えてもらうほどの生き方をしてきたとも思えんが」

自嘲気味の言葉にエドの顔が曇る。

確かにロイの生きてきた道は血の匂いばかりで裁きの天秤にかければ闇に傾くだろう。

でも。

(…でも、あんた…絶対、被害は最小限にしようとしてたじゃないか…)





ロイの人生を全て辿ったエドには、わかった。

人の世界では必ずどこかで争いが起きている。

その只中に身を置いて戦いながら、彼は常に失われる命が少なくて済む道を探してた。

もちろん命の重さは幾つでも変わりはない。それが自己満足といわれればそれだけのことだ。

だが、その背中はいつだって…何かを守ろうとしていた。



(あんたじゃなければ、もっとひどい事になってた戦争もあった…よ、ロイ)

それは決して伝えれない思いだったけれど。












「で……あんた、さ。最後に会いたい人とか、いないの?」

とりあえず探りを入れてみる。天使が最後に聞く願いとしてもまっとうだ。



これで名前が挙がった相手は少なくとも男にとって重要なはずで。

そこから運命の相手を辿っていけるかもしれない。

(万が一にも女性だったりしたら、一発でビンゴだしな)

エドの甘い目論みは一言で打ち砕かれる。

「最後に…? 別に、思いつかんな」

「本当に?」

ほら、家族とか幼馴染とか…初恋の人、とか。

「家族も幼馴染もみんな私が幼い頃に死んだ。恋だの愛だの…考えた事もない」



それは今までの彼の人生を見てきたエドにはある程度予想された言葉だった。

でも、時間だけでない…なにか大切な触れ合いがあったかもしれないと、

微かに期待もしていたのに。

だって。



「でも…。絶対なんかあると思うんだ。

 だって、ロイが今まで…え〜と、相手…にした女の人って、

 ………全部金髪だから…」



「そ…う、だったか?」

エドの指摘にロイは虚をつかれた顔になる。

「…そんな事、考えた事もなかった」

「じゃ、考えて。今。どうして金髪の女性ばかりだったのか」

なにか本人も忘れてる記憶があるのかもしれない…。

「……ただ単に好みだったという事だろう」

見も蓋もない答えに、エドはがっくりとうな垂れる。

「じゃ『なんで』金髪が、好みなんだよ」

理由はないのか、と問いかければ幾分考え込む風情で。

「ああ!それは、あれだ…金髪の女は抱いた時の反応が…」



ばしっ!



「…!」

「………?」


いきなりのビンタの音。


驚いたのは叩かれたロイよりも手をあげたエドのほうで。

「あ、ごめ…」



だけど、こいつが悪いと思う。

俺はいつだって真剣なのに、いつだってこんな風に子ども扱いで…。


(…え?『いつだって』って?)

何考えてるんだ、俺。この男と会ったのは初めてなのに。

(やっぱり人生追うと、感情巻き込まれるのかな…気をつけなきゃ…)

おまえはいつも人間に感情移入しすぎだと、以前叱られたことを思い出す。


(だけど…。なんでこんなに腹が立つんだろう)

こいつを見てると胸のあたりグルグルと変な気分。


(や…だな、この感じ…)


何かが起きそうな、そんな予感。









「ごめ…ん」

目の前で殊勝にあやまる天使にロイは拍子抜けする。


下世話な冗談を言ったつもりはあったが、まさかぶたれるとは思わなかった。

いや、それより前に天使とはこんな感情的な存在だったろうか。

そう、これではまるで…

(まるで?)

今、自分は何を思った?



金髪の、金の瞳の…。くるくると良く変わる表情、からかうといつも…。


(馬鹿な。天使に知り合いなど居た事がない)

苦く笑う口元。

こんな自分でも死ぬとなると、記憶と感情が混乱してしまうのか。

それとも目の前の存在自体、混乱した脳の作り出した幻影なのだろうか。



そうかもしれない。自分に天使など、できすぎた冗談だ。




「なぁ」

魂をつかまれるような声が問いかけてくる。



目を閉じても消えない幻影。

金の少年。




「それじゃ…あんた、最後に心残りとか、ないの?」

このままここから消えちゃっても平気なのか、残酷な問いかけを薄桃の唇が紡ぐ。


「さて、な。私を殺したい奴が居るくらいだから、何も不都合はないと思うが?」

あえて自虐的な答えを返せば、思い通り曇る瞳。

(どうも、この『天使』とやらは私を満足させなくてはならないようだな)

駆け引きに慣れた頭脳が僅かの会話からエドの真意を見抜いていく。

(ふん。死せる哀れな魂に救いを…というやつか?!)

いくぶん意地悪な気分になって、ロイはエドをみやった。


どうにも不慣れな『天使』だか『死神』だか、の存在。






いつ死んでも誰も悲しまない、そんな人生だった。

どこの誰とも知れず戦場で骸になるだろうと考えてきた。

それが多くの命を奪った自分に相応しいと。

何故今になって…死にいく今になって、救いなど与えられねばならないのか。


理不尽な憤り。

それはそのまま真直ぐ、目の前の少年にと向けられる。





「……そういえば…ひとつだけ、あるといえばあるな。心残り」



「え!?」

ぱっと明るくなるエドの表情に、ロイは心で皮肉な笑みを投げかける。

「なに?」

「叶えてもらえるのなら…だが」

「俺にできる事なら、なんだってしてやるよ」

「それは…ありがたいな」

にっこりと微笑んで見せれば、金の瞳も暖かに光って。

「なに?言ってみて」

無邪気にロイの腕を掴み、見上げてくる。獲物は腕の中。

そうして天使が喜ぶほどにロイの心は黒く染まっていく。


「ロイ?…ロ…っ!…ん、んぅ…」

腕の中の体を抱き締め、強引に口づける。



「ん、ん…ぅ…む…」


ロイが生きていたなら叶わない接触。

霊体となっているからこそ、同位相のものとして影響できる。

そうして、霊体エネルギーとなる精神力においては

幾多の修羅場を生き抜いたロイは、大きくエドを上回っていた。



「な…なに…な…っ」

「……私が刺された状況は、わかってるだろ?」



口付けを解かれそれでも腕から逃れる事は敵わず、エドは怯えた瞳でロイを見上げる。

「街の女、を、抱く寸前に、殺されたんだ」

噛んで含めるようにエドの耳に予感を注ぎ込む。

「…え、そ、それって…え、でも…」



逃がさない。


「君が言ったんだろう? 私が抱く相手は金髪だ、と」

「言ったけど、でも、それ…は…」

「『なんでもする』とも…」

「だって…そんな…」

もがいても腕はかえってきつくなるばかり。もう瞳は潤んできてる。



ロイの嗜虐心に火が付く。聖なるものを穢す悦び。



「だって、俺、そんなこと、したことないし…」

性別があってないような天界で。

いくつかの噂話は聞いたけど、それだって遠いもので。

だけど、この熱さはあんまりに近すぎる。





「安心したまえ。私も天使を抱くのは、初めてだよ」



にっこりと笑われ、エドは絶望の息を漏らした。

 

あいかわらず「なげぇよ!」なYULICAです。
すっきりと短いの書ける人が羨ましい…_| ̄|● 
つ、つぎこそ18禁。うん、絶対!!!




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