(バレた!?)

どくどくと一気に鼓動が跳ね上がる。

そんなはずない。そんなこと、…あっちゃいけない。だって…。



「なにを…」

精一杯何気なさを装って振り返ろうとするが、扉に押し付けられて身動き取れない。

圧倒的な『力』の差。それは互いの持つ権力の差にも似て。

「詐称かね?偽造かね?」

どちらにしても軍も舐められたものだ、と耳元でたたみかける低い声。

「何を言ってるのか…俺には」


「それでは質問を変えようか、君が女だとマスタングは知っているのかね?…いないのかね?」




あまりに真直ぐに問い掛けられて息が止まる。視界が一瞬暗くなる…けど倒れるなんて出来ない。

「…なんの話ですか?確かに俺は、年のわりに…小柄ですけど…」

女だなんて、と、幾分怒り気味に視線を後ろに流せば、そのままくるりと身体が回って。

「この期に及んでまだシラを切るか、この私に。いい度胸だ」

ひとつしか見えない大総統の瞳が楽しげに光る。

「これ、はあくまで怪我、で。自分は男だ、と?」

「…だって、そうですから」

「ふ、む…。それならここで」

言うなり腕がエドの上着の金具を外しコートごとずり落とす。抵抗する暇すらない速さ。

むき出しにされた肩…タンクトップひとつの頼りなさにエドはかすかに身震いをした。

「ここで、君の胸を晒してもらっても、何ら問題はないわけだ」

「…なっ!?」

「『男』だというなら証明して見せたまえ、鋼の錬金術師」




エドは思わず視線をそらした。目をそむけたら負けだと、わかっていたはずなのに。

少し前までなら、何の問題も無かった。

今も次第に身体に変化が訪れ、すでにわずかばかりのふくらみがエドの胸に生まれていたが

それでも…まだ、誤魔化せないほどではない。いくばくかの恥じらいを捨ててしまえば。

でも。

誰にも見せたことのない小さな秘密。それはまるで同時に自覚したロイへの想いのようで。

(……や、だっ)



頭では理解しても本能がそれを拒否した。



「それ、は…。……あぁっ!?」

逡巡している間に男の大きな手がタンクトップからするりと入り込み、無遠慮に小さなふくらみを掴んだ。

「やぁあっ!」

がくりと膝が折れ、身体が下に逃げようとするが…腕ひとつで貼り付けられ更に胸をつよく握られる。

力の抜けた足の間に、今度は前からもう一方の手を回され…。

「ここも…ここも…男性とは言いがたいのだが…ね」

「やっ…やめて…くださ…。おれ…」

二箇所を同時に確認され、エドは逃れることも出来ず微かな悲鳴を上げた。

押し付けられて、濡れたズボンがわずかな血臭を漂わせる。…もう、耐えられない。

「さあ、認めたまえエドワード」

ゆっくりと命じられて、エドはただ頷く事しかできなかった。








「マスタング大佐は知っているのかね?」


ようやく自由にされて床にへたり込んだエドの、呼吸も整わぬうちに残酷な問いが投げかけられる。

ふるふると首を横に振ることでやっと意思表示をする。

「…たいさ、は…しらない。なんにも…」

どくどくと、激しい鼓動。 どうしよう、どうしよう、どうしよう…。

「では、全て君一人で勝手にやった、と?性別を偽り、書類を改竄して」

再び頷く。

本当は生まれた時から『男』なんだから改竄もなんも無いけど、そんな事わざわざ言う必要ない。

「俄かには信じがたいな。たかだか10幾つの子供がそんな大それたことをしてまで。なぜ軍に入る」

「………」

「賢者の石…か」

ビクン。

「おや、それもバレてないと思っていたのかな…この私に」




軍で上に立つということは一筋縄ではいかないわけで…。影の情報網だってそりゃあるだろう。

でも…この男の持つ迫力はそれだけで説明できるものじゃない。



「それを許し指示を出している上司が、君の秘密を知らないと?」

(……!?)

放たれた言葉に明らかな悪意を感じ取りエドは身構えた。

「…だって!本当に、大佐は何も知らないんだ!俺が…」

「といったところで誰が信じるだろうね。君の後見人でもあるわけだし」

にこりと穏やかに笑われ、初めてその笑顔を怖いと感じる。

これまでだって、底知れぬ相手だとは思ってた。だけど、こんな見透かされるような心地悪さは初めてで。

一見温和な風貌に隠れた、酷薄な、なにか。

「…彼は、どうにも野心が過ぎるね。敵を作り易いタイプだな」

遠回しな宣告にエドの表情が一気に変わる。

全て…この相手は全てわかった上で、ロイを陥れる、と告げているのだ。

嘘であろうと『大総統』の調査なら事実にできる。それが、権力、というもの。

直属の部下が軍を偽り、あまつさえ禁忌に手を伸ばしている、と。それがどれ程のダメージになるか。

(いままで…大佐が築いてきたものが…俺のせいで)



愛されるなんて望みもしなかった、けど…それ以上に枷になどなりたくなかった。

だけど、自分はだからと言ってこの旅をやめることなど出来ない。

国家錬金術師であることを捨てられはしない…アルの身体をとり戻すまでは。

だけど、このままじゃ……。



「…どう、しろって…いうん、だ?」



エドの口から漏れた独り言のような問いに、与えられたのは思いもよらぬ回答で。

「君ら錬金術師の基本は、等価交換だろう?」

ぼんやりと見上げる。この男は、何が、言いたいんだ?

「金は金に。身体の情報の対価は身体で支払いたまえ」

楽しげに哂う口元。これが、ほんとにあのキング・ブラッドレイなのか?!

「…からだ、で…?」

「私にその身体を差し出したまえ、と言っているのだよ。エドワード・エルリック」

示された条件が理解できない。混乱する頭脳ははじき出した可能性を拒否していて。

「あんた…に忠誠を誓えって、ことか?」

軍ではなく…ロイにでもなく…。

「そんな下らんものは必要ない」

くだされるのは残酷な命令。逃れる術など思いつけない子供に、たたみかけるように。

「私が呼べば戻り、言えば足を開く……狗になれといっているのだ」

「そんなっ!」

あまりの内容にエドの喉から引き攣るような悲鳴が漏れる。

「…なんで?なんで俺なんかにそんな…」

「さて、…暇つぶしに近いかな。こう長く生きてるとどうにも退屈でね」

だから、と見下ろす男は更に余裕の笑みで

「別に無理強いをするつもりはない。これは契約だよ」

つまり双方の利益と同意が無くては成立せんわけだ、と。

拒絶できないのを知りきった上で、あくまで決断させるズルイ大人。

混乱のきわみで、それでも頷くしか道は残されていないと…エドが口を開こうとした、


その瞬間。


「失礼します、大総統」

ドアがノックされ、一番聞きたくない相手の声が耳に飛び込んできた。

(大佐っ!?)

座り込んだままの身体が震える。その声は呪縛を解く鍵にも似て。

「ああ、どうしたねマスタング大佐」

何事も無かったかのように大総統の声が返る。

「は、こちらにエドワード・エルリックがお邪魔していると秘書官から連絡が入りまして

 報告を受ける為、迎えに参りました」

「そうか、もうそんな時間かね」

言いながらエドをぐいと引き上げ立たせると、入室の許可を下す。

(え?…いいのか?)

もしや、ここでロイを弾劾する気では、とエドの視線が背後にたつ男に動く。

「そんな野暮なことはせんよ」

切り札を使う時は有効にせねば、と耳元で落とされたのは少年にしか届かない囁き。




扉が開き入ってきた大佐は、思いのほか近くに立つ二人に束の間驚いた瞳で

それでも動揺ひとつ見せることなくエドの傍に立った。

「どうも失礼いたしました。会議の間、部下がお世話になりまして」

「いやいや、色々と興味深い話を聞けて楽しかったよ。…なぁエドワード君」

心も身体の状態も落ち着かずこれからどうしようかと悩んでいたエドは

突然に話を振られて曖昧に頷くしか出来ない。

そんな様子にいち早く気づくのは、やはりロイで。

「…どうかしたのか?」

「え?…あ、いや…なんでもない。どうも大総統、お茶ご馳走様でした」

ともかく一刻も早くこの場を去りたくて早口で礼を述べ踵を返せば、その背中に。

「ああ、エドワード君。良ければまた明日にでも遊びに来たまえ」

楽しかったよとさらりと告げられ、逃げ切れない事を悟る。

諦める気など、彼には無いのだ。




扉を背に廊下に出たあとも、エドの心の中ではブラッドレイの笑い声が響き続けていた…。

 

     

 

 

も少し、進めようかとも思ったんですが…
一気に!より、一回エドに悩んでもらおうかと(悪魔
ロイのために悩むエド、が書きたくなってしまったので。ふふ。
定番だけど楽しいんだもん!そういうのVv












鳥籠レベルの悲惨さかも(笑

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